家族葬の体験談

目次

60歳代、女性 定着しつつ有る家族葬

私と娘2人、母の4人家族で、1人住まいしていた母を、火元や身体の不自由さも有り
引き取り引っ越したばかりの住居に暮らしておりました。

しかし、3ヶ月位で疾患に依り入院する事になりました。

数年入院、癌を発症高齢であった為
手術も体力的に出来ず、投薬で治療するも、
治療及ばず他界致しました。

元気だった頃、身内だけでと葬儀に関して申しており又、引っ越して間もなくだったので、
近隣との付き合いも殆どない理由で家族葬を
執り行う事に致しました。

葬儀は、余命を告知された時期に
NPO 法人の葬儀会社、透明性のある葬儀代金、最小限にと云うにキャッチコピーを掲げていたので会員登録を事前にしておりました。

死後直後からとてもスムーズに進めて戴き
葬儀を終えることが出来ました。

他界したご連絡は最小限に留め、
私とは従姉妹にあたる3名と娘の会社上司で
10名に満たない人数でした。

しかし、従姉妹の1人は、家族葬なのだから
ご家族のみで、通夜告別式はご辞退する申し出がありました。

ご近所、町内会など面識も無い方々が
参列頂き、社交辞令の如くお焼香をして頂くのは忍びなく、過年私も同様に参列した事も有り
心中穏やかではなかった気持ちも有りました。

ですので、今回の家族葬はより短で、親近者で
最期のお別れをして頂ける事はとても有意義に思えておりました。

但し、斎場で荼毘に付しお骨を拾う時、
複数の葬儀を終えて、同様に荼毘に付し
お骨拾いされている方々を見ると、
とても大勢でご遺体のあった周りを囲み
お骨を壺に収められている光景を目にした時
すごく寂しく、少人数で心落ちした事を実感しました。

人数では無いと言い聞かせては居ましたが
何だか辛いようにも感じました。

でも、それを除けば、家族葬にして良かったと思いますし、参列者宛の挨拶状、喪中ハガキ、
香典返し、法要の連絡など煩わしい事が
最小人数にするだけですので、簡素化も出来ます。

私も、そう遠くない最期、必ず家族葬でを
娘達に嘆願しております。

24歳 女 アットホームで落ち着いたお葬式

こんにちは、関西在住の20代女です。

現在は留学中につき海外から記事を書いております。

私が家族葬を経験したのはまだ10代の頃です、と言ってもほぼ20歳という頃だったので結構はっきり覚えてます。

お葬式で送り出したのは母方の祖母で、家族葬にしようと決めたのは喪主である祖父だったと思います。

祖母は病院の検査で癌だと診断され、それまでとても元気だったのに一気に痩せ細り、以前のように生活できない状態を見るのがとても苦しかったのを覚えています。

亡くなったことを電話で伝えられ、祖母の実家がある某県まで車で向かうも全く実感が湧かず、さらに当時はあまり馴染みのなかった家族葬を行うと言われ、私は何がなんやらという感じでした。

現地に着くと先に着いていた母たちに迎えられ、少し説明を受けました。

家族葬は限られた数人で行うお葬式だから今ここにいる人でしか行わないこと、棺はもう運び込まれていて式当日の明日までは一緒に過ごすこと(つまり一夜を共にすること)、そしてこの式場の近くにドラッグストアしかないから何か食べたかったり必要なものがあったりしてもドラッグストアになかったら手に入らないと言うことが伝えられました。

最後の件についてはお葬式とあまり関係ないように聞こえますが、一夜を会場で過ごすための便利さを考えると、家族葬の会場の立地も条件の中でとても大事だと思いました。

最期の別れのときから少し時間が経っていたためか、その場にいた人たちは暗いばかりでなく、親戚のおばさんが連れてきていた生まれたばかりの赤ちゃんを交互に抱いて笑いあっていたことも印象深いです。

祖父が祖母は暗くなっていたらきっと悲しむと言っていたのもよく覚えてます(一言一句はっきりとは覚えていないので多少違う言葉だとは思います
)。

少人数のアットホームな空間だからこそ逆に和やかな空気が流れていたのではないかなと今では思います。

そして最期の別れの瞬間に立ち会えなかった私が一晩、少しでも長く同じ空間に祖母といられたのも家族葬のおかげです。

もし家族葬を考えている方がいらしたら、この文章を読んで少しでも参考にしていただけたら嬉しいです。

ただし会場選びにはお気をつけください。

64歳男 葬式ビジネスの進歩は目覚ましい

去年の夏も終わりに近い頃でした。

介護施設にて息を引き取った88歳になる母の葬儀を行いました。

母の親族の多くは遠方に住んでおります。

しかもその多くは既に亡く、また存命の方々も高齢で葬儀への出席もままならない状況でした。

そこで極々小規模な家族葬を行うことにしました。

母は長く持病を患っており、大学病院を含めた大規模な病院を3箇所ほどで診療を受けていました。

そこからもらってくる薬だけでもトートバックが一杯になる程です。

その薬を朝昼晩と服用するのですが、それぞれの病院から処方された薬を理解できるわけもなく、また軽い認知症も発症していましたので、いつも薬の数が合わなくなり、さらに服用したかどうかがわからなくなってしまいいつも大騒ぎです。

平日はそんな母一人を置いて家族は勤めに出てしまいます。

ある日救急から連絡が入りました。

母が骨折で入院したという一方です。

会社を早退し病院に向かいました。

手術が必要だと言われました。

手首がポッキリと折れているそうで、転んだ時に手をつき折れたようです。

骨粗鬆症も患っていたので骨が脆いのです。

その時の入院は1ヶ月ほどかかりました。

そしてその後に2度骨折を繰り返し、体が動かなくなり病院の系列の介護施設に入所しました。

2年近くそこで過ごしました。

そしてそこでもベッドから落ちて大腿骨を折ってしまい、寝たきりの状態位なってしまいました。

衰弱はその頃からひどくなり、半年ほどで息を引き取りました。

父は20年前に他界しています。

母はその時に利用した大手葬儀社の会員となっており葬儀費用等の積立を続けていました。

その葬儀社が全て対応してくれました。

施設から母の遺体をその葬儀社の葬儀場に運び安置してくれました。

父の時は病院から一度自宅に遺体を戻し安置し、葬儀場はマンションの集会場を利用させてもらいました。

親族と交代で寝ずの番もし結構披露したもので、今回も覚悟はしていました。

葬儀社には早々に家族葬をという希望を出しました。

既に母の知人もこの地に少なく、近所付き合いもありません。

親族は高齢のため一人も参加できません。

私たち兄弟とその家族だけの小さな葬式でした。

それでも積立金のおかげで結構立派な祭壇が設けられ広い会場を用意してもらいました。

格式張ったことは一切省いた身内だけの葬式でしたのであっという間に完了しました。

自宅には簡単な祭壇を設置してもらい、納骨に日を迎えるばかりとなり、全てが終わりました。

葬儀とは当事者にとって相当負担の大きいものですが、小規模な家族葬であり、しかも葬儀社のシステムが向上しており、大変に助かりました。

しかし積立があったのですが、サービス対象外の費用が50万ほど必要でした。

50歳女 家族葬に参列して考えさせられたこと

私は50代を迎えた主婦ですが、最近気になるのが高齢の両親のこと。

70代後半になる両親はまだまだ元気ですが、先日姉の夫、つまり私にとっては義兄が亡くなり、葬儀の際に考えさせられることがありました。

それは葬儀の形式について。

一言で葬儀と言っても現在では様々な形式がありますが、義兄の葬儀は家族葬でした。

今まで少なくても数十人、多い時には200人も参列するような一般的な葬儀にしか参列したことがなかったので、家族葬は初めてでした。

この家族葬に参列したのは、家族と親族だけで20人ほど。

温かみがある雰囲気の中、ゆっくりとお別れをすることができた葬儀になりました。

姉に「何故家族葬を選んだのか」を聞くと、生前の本人の希望だったそう。

義兄は長く入院生活を送っており、自分の死期を把握していたこともあって、どのような形で最期を迎えたいか、どのような葬儀で見送ってほしいかについて、家族に詳しい希望を伝えていたそうです。

しばらく仕事仲間やご近所との付き合いを絶っていることもあり、最期は本当に親しい人だけに見送ってもらいたいと話していたとのこと。

また生前、義兄は自分の父親の葬儀の際に喪主となり、悲しむ暇もないくらい慌ただしく葬儀を執り行った経験があり、妻にそんな思いはさせたくないと家族葬を考えたそうです。

残す家族に負担をかけたくないという思いから、葬儀にかかる費用面でもかなり抑えることができるのも、家族葬を選択するポイントになったようです。

この家族葬への参列を経験して、自分自身はもちろんですが、高齢の父母が自分の葬儀にどのような希望を持っているのかについて知っておく必要性を感じ、現在両親にエンディングノートを書いてもらっているところです。

「縁起が悪い」「そんなことは考えたくない」「そのうちに」ではなく、残りの人生を前向きに生きるためにも、残される家族のためにも、葬儀の形式については考えるべきだと感じています。

56歳 男性 我が家の家族葬の費用は意外と多かった

福島県のいわき市から神奈川県○○市に越してきてから既に、15年ほどになりますが、田舎での住まいが社宅という関係もあって父親が65歳で定年退職してからは、住居を会社側に返還し引き払って、現在は長男の小生宅へ両親を呼んで暮らしていました。

 
ところが、其の父親が一昨年の初夏のころに、急に倒れて亡くなってしまいました。

 

そんなことで近所にあったセレモニーホールで細やかな葬儀を出しましたが、このときに専属の葬儀屋さんから色々と形式や費用について説明があり、其の結果、ご近所さんともあまり付き合いはなく費用面でも控えめにしたかったので、「家族葬」という小規模形式の葬儀をお願いしたのです。

その後、嫁さんの父親(義父)とも色々と相談しながら、通夜や葬儀など一連の葬式は無事に終了させましたが、先ず思ったのはご近所さんはともかくとして、身内や親戚が多いことも有ってか、家族葬の割には意外と費用がかかってしまったことでした。

ところで、家族葬と一般葬とは何処が異なるのでしょうか・・、 普通に一般葬といいますとどちらかと言えば身内や親戚だけで行うのでなく、参列者を招待というのは変ですが、公開して関係者の皆さんを招くタイプの葬儀をいうのでしょう。

 それには当然ながら故人を見送るのに相応しい見た目の言い、立派な葬儀を執り行い必要もあります。

 従って、身内のひとは当然、近所に住んでいる人や、故人が勤めていた会社の人々など、故人と生前に関係のある方を呼ぶ必要もあり、こりらは会葬者に失礼のないよう、会葬の礼状の用意も必要になってきます

一方、家族葬の場合は、このように参列者を招くことはなく、家族や極く近い親類、それに親しい友人などの身の周りの人々のみで執り行います。

 その為、故人になったことの知らせや、会葬の礼状などは送らない事も増えています。

形式としてはシンプルな葬形式が多いのが特徴です。

さて、肝心な家族葬の場合の料金についてですが、ネット等で調べてみても家族葬というプランもあり、葬儀形式は飽く迄もシンプルなので、一般的には安価に出来るようです。

 家族葬と言っても人数にもよりますが概ね30から50万円でも出来るとネット上でも記載してあり、これらの金額はセット費用と言われるもので、基本的な最低料金ということになるようです。

 

無論、家族葬と言っても一般葬儀より規模が小さくなるだけで、基本的な面では祭壇の造りや流れは変わることはないようで、祭壇飾りから火葬までのセット費用、セット料金になっているようです。

 それ以外の料理や茶菓子代、僧侶へのお礼、式場の使用料などは別途費用となり、これらセット費用の他にかかる必要経費というか霊柩車やバスの手配、湯灌などはオプション費用になっているということです。

50歳男性、母が亡くなり家族葬に、でも田舎なので・・・

母が亡くなったのは12年前の冬でした。

享年64歳。

生体肝移植をしなければ、助からないと医師から宣言されていた肝硬変の末期です。

私は死に目に逢えませんでしたが、姉の話だと苦しまずに息を引き取ったとのこと。

唯一の救いです。

葬儀は家族と母の兄弟、孫達により、葬儀場ではなく、母が嫁いで40年余りの長きにわたって暮らした家で執り行いました。

戒名をつけなければならないので、近所の寺の住職にお願いしました。

「お母さんはどういう人でしたか?」と聞かれたので、私は「太陽のような人でした」と答えました。

そのせいか、戒名の中に「光」という字が入りました。

少し嬉しかったです。

家族葬とはいえ、形の上でお通夜、告別式と2日間に渡って行います。

お通夜を迎えるにあたって、必ずしなければならない最大のこと、それは母を棺桶に入れることです。

それまで深く考えたこともありませんでしたが、棺桶は「この世」と「あの世」の境界にある存在であると思います。

母を家族で抱えて棺桶に入れるその瞬間、大量の涙が溢れて、皆が号泣しました。

名前を呼びかける伯母や伯父、嗚咽で言葉にならない言葉で叫ぶ、姉や私。

たぶん残されたものにとっては最も辛い時間だと思います。

田舎ですので、ご近所にはすぐ話は広がります。

告別式には隣家の方、母と仲良かった方が弔問に訪れてくださいました。

そして気がつけば自治体のほとんどのお宅の方々が庭先にいらっしゃり、永遠の別れを惜しんでいるではありませんか。

告別式が終われば、最後は火葬場です。

実は当初、火葬場が一番辛いのではと思っていたのですが、意外なことにそれほどでもなかったのです。

棺桶に入った時点ですでにこの世の人ではないと悟り、自分に言い聞かせていたのかも知れません。

火葬の儀式自体は淡々と進みました。

2時間強だったかもう少しかかったか、とにかく遺骨になれば、母の面影はもうありません。

骨壷に収めて母は小さくなりました。

子どもにとって、母は偉大で特別な存在だったのだとつくづく思い知りました。

今までこれと言った親孝行をしたことはあまりなかったですが、旅立つ間際に1歳になる孫に何度も会わせてあげたことが、最大にして最後の孝行だったのかなと思います。

34歳男性 祖父の姉が亡くなり家族葬に 気楽に行えました

34歳男性です。

3年前に、祖父の姉が亡くなった時のお話をします。

彼女は生活保護を受給しており、一人暮らしでした。

亡くなる時は施設のベッドの上でしたが、貯金もほとんどなかったため、その予算の範囲内、ということで家族葬になりました。

読経などもなく、身内の数人だけで見送りました。

顔見知りの身内だけということもあり、お坊さんに気を遣うこともなく、わりと気楽な葬式だったように記憶しています。

祖父はその時すでに他界しており、故人の同世代は祖母だけだったのですが、印象的なエピソードがあります。

遺体の隣の部屋で雑談をしている時に、お坊さんも呼べないのは何だか情けない、という意味のことを、祖母がポツリと洩らしたのです。

自分は特定の信仰はありませんが、祖母の口からそのような前時代の価値観を告げられるのを聞いたとき、何ともいえない複雑な気分になったものです。

故人の想いを聞いたわけではありませんが、葬式とは一体誰のためにやるものなのか?という、漠然とした疑問もこの時浮かびました。

死んだものの霊魂をなぐさめるために行うものだ、という建前はあると思います。

しかし、それ以上に葬式とは、生き残ってる者たちの気が済むように行ってしかるべき、という言い分もあるのだと思います。

そうであるなら、故人と世代の近い祖母に、前もって相談しつつ、コトを進める方法もあったのかも知れません。

故人は特に、自らの死後のことについては何の方針も遺さなかったようなので、お坊さんを呼んで読経してもらわなくても、それは気にしていないと思います。

(仮に霊魂というものがあるとするならば)

繰り返しますが、その時の故人の葬式は、個人的に気楽で好感の持てるものでした。

自分が亡くなる時も、こんな感じで簡単に送り出してもらっても構わないとさえ思いました。

しかし、葬式というものが生きている者のために行うもの、という側面がある以上、前時代の価値観であろうとも、残された人たちの想いは尊重されなければならないでしょう。

まだ考えがまとまってないところはありますが、これからも葬式というものについて、考え続けなければならないな、と思います。

40 男性 なんとかしてあげたい

今は違うのですが当時両親は生活保護を受けていました。

その関係上派手な事はできず、街の指導で火葬までやりました。

生活保護は花などもかなり町の指導で、制約がされてしまっていました。

自分は家が貧しかった事もありましょうが、両親を養えるだけの力はありませんでした。

建前上、我が家は天理用という事でお経をあげないという事になっていましたが、実際はやはりあげたあげたかったというのがあります。

(自分は信仰していません)

これまで母型の葬式などはかなりお金をかけたお葬式だった為に、それを考えると本当にこじんまりとした葬儀になってしまいました。

父は働き者ではありましたが、景気の悪化から仕事が激減した事、あるいは糖尿病を患ってしまって様々な弊害がでてきました。

自分も学費は自分で捻出しましたし、大学進学をあきらめざるをえません。

そういう事もあり、田舎のところではろくな就職先もありませんでした。

しかしそうは言っても、最後の葬式くらいはしっかりしたものをやらせてあげたかったと思います。

ようわからないのが、役所の人が見張りじゃないですが、葬儀の規模を確認しにやってきたようです。

最後なのだから花ぐらいはいいじゃないかと抗議しましたが、しぶしぶOKしたようです。

これは明らかに人権侵害のように思います。

自分も残念がながら、なかなか定職に着けない状態なのですが、お金を貯めしっかりとお経を唱えてもらえるように、したいと現在思っています。

それだけが心残りです。

父は生前色々な人にも迷惑もかけた事も事実です。

しかし状況がよかったときは面倒を見た事も事実です。

いざこちらが色々不利な状態になると、周りは薄情にも離れて行きました。

父は好きじゃないけど、いくらなんでもというのがあります。

せめて親族が味方についてあげなければ、何のための人生だったかを考えてしまいます。

生きていくのは難しいけど、父には子供としてはすまないと思っています。

なんとか今後の努力で成果を出したいと思います。

60歳 高齢で死去した祖母の葬儀は「家族葬」で行いました

高齢で死去した祖母の葬儀は「家族葬」で行いました、 

90歳近くになった祖母を無くして「家族葬」の葬儀を行いました。

葬儀の手順としては、亡くなった病院で医師の死亡診断をうけてから、其の晩は遺体を自宅まで運んで、自宅で仮通夜を行ないました。

 その間に葬儀に関する色々なことを取り決めましたが、まずは身近な人への連絡と同時に、市役所へ死亡の通知(死亡届)と火葬場の日にち、時間の手配、其れに当然葬儀社への葬儀準備の手配、費用と葬儀場の手配、など行いました。

 葬儀社は加入している農協関係のところであり費用も安く抑えられ、葬儀場は葬儀社の提携している所で近所のところに有ったことで幸いしました。

次には、お坊さんやお寺の手配ですが、我が家では先祖伝来のお寺は東北の田舎に菩提寺がありますので、地元の同じ宗派の僧侶を手配しましたが、その際、本通夜と本葬儀のさ際の読経をおねがいしたのです。

 その後、仮通夜から本通夜、本葬儀、其れに火葬場までと、一連の流れで一周忌までを合せて行いました。

ところで、葬儀と告別式についてですが始めは、一般葬もなども考えましたが、葬議場の係員の話だと、やはり金額的には家族単位になって小規模のなるため、金額的には人数によってきまりますがやはり低予算でできるということです。

 ただ、祭壇やお飾りについても実際に世間で言われているようにそんなに差異は無いといわれますし、結局は低予算で行える一応は「家族葬」と言う形にしました。

 その後、一週間ほど過ぎて檀家寺である地元のお寺に、僧侶にお経を詠んでもらいながら、代々の墓地へ埋葬しました。

尚、我が家では「家族葬」という形で行いましたが、一般には葬儀は故人の友人や其の知人と最後のお別れをする儀式のことで、そして葬儀に続いて会葬者の人々が全員で火葬場まで見送るものでした。

 しかし、今時では会葬者が火葬場までは行かないようになり、葬式と告別式がほぼ同時に行なわれますから、参列者は本葬儀に参加することが多くなっているようです。

ところで、現在の通夜や葬儀の形式についてですが、当方で行った家族や身内を中心に行った家族葬、即ち、密葬のような形式の他にも、世間で普通一般に行なわれるのは一般葬、そのほかにも偉い方や有名人などの特別葬、例えば市民葬や会社葬、などの特殊な葬儀も有るようです。

40歳男、家族葬だからこそ家族愛が感じれました!

私は今、現在40代男性なのですが去年、母親を亡くしました。

まだ70歳と言う若さでした。

母親は60歳と還暦になった頃ぐらいから体調を崩し、そしてやがて病気になりました。

いわゆる癌でした。

私は兄弟がいており、弟が一人います。

弟は早くに結婚した為に子供も二人おり甥と姪がいます。

私もまた結婚はしていたのですが子供はいなかった為に夫婦のみでした。

そして、去年母親を亡くした際に私達は残された父親と私達夫婦と弟夫婦とその子供たちによる家族葬をしました。

家族葬とはいえ、親戚などで葬儀に来たいと言う方たちなどには来ていただきました。

家族葬と言うだけあって少人数の葬儀となりましたが、母親をしっかりと送ることが出来て本当に良かったです。

元々、母親は亡くなる前から家族葬を求めており、そきて私達もその意志を通したのでした。

会館をお借りし、そして葬儀屋さんに葬儀の進行を行って貰いしめやかに葬儀をすることが出来ました。

家族葬とあって、特に細かなお焼香の順番なども決めずに済んだので、そういった面では昔と違い揉めるようなこともなく安心して葬儀を行うことが出来ました。

勿論、また母親もそれを望んでいたと思います。

火葬場では骨になってしまった母親を見たときは本当に悲しかったものです。

もう、母親を2度と見ることが出来ないと思うと、物凄くやるせない気持ちが込み上げて来ました。

そして、火葬も終わり再び会館へと戻ってきて、夜は家族のみで食事をしました。

他人とは違い母親とあって誰も多くは語りませんでした。

ただただみんな静かに食事を取っていました。

本当に家族葬だからこそ、母親を思う気持ちをひとつにすることができ良かったと思っています。

また、家族葬だからこそ改めて家族との絆や大切さなどを確認することにもなりました。

以後、それからは母親の供養のたびに残った家族で時折集まることにもなりました。

母親のおかげである意味また家族との絆も今後より深まっていくと思います。

33歳女 しっかりと最後のお別れができた

33歳女会社員です。

私が30歳の頃のことでした。

実は専門学校を卒業してからずっと地方で働いていて、30歳になったら地元に戻ってきたいという気持ちがありました。

その思い通り、30歳になって地元に戻りました。

新しい就職先でも最初はうまくいっていたのですが、体調不良で休職しそのまたた早期退職しました。

しばらくして祖母が他界。

タイミングをみたかのようにいきました。

私は両親が共働きだったので、祖母に育てられたも同然。

幼い頃から祖母とずっと一緒にいました。

祖母は教養を受けたことがく、炭鉱出身で気性が荒い人でした。

子どもである私に対して、子ども扱いせず衝突する日も多かったです。

そんな祖母は、わたしたちとは一緒に暮らさず、祖母は一人で住んでいました。

毎日祖母にお金を借りにくる人もいたり、祖母もわがままだったのでよく人の悪口を言っていたし、近所の人からよく思われていないのも知っていました。

そんな祖母だったこともあり、祖母がなくなっての葬儀は、家族だけですることに決めました。

祖母を知る人も早くになくなっており、親戚もよくわからなかったのも理由のひとつです。

また、近所の人からよく思われていなかったこともあって、亡くなったことは未だに言っていませんし、新聞にも掲載しませんでした。

ましてや、葬儀場の看板にも亡くなった方の名前を書くところがありますがそこにも書かないでくれとお願いして、異例ではありましたがひっそりと葬儀を行いました。

普通の人から見たら「かわいそう」と思われる葬儀だったかもしれません。

亡くなったことを誰にも知らせずに身内だけでお別れをしたこと。

けれど、きっと祖母も“そうしてくれ”と言う気がして、家族だからこそわかるものがありました。

祖母が息を引き取るときも、私たちが病院を去って寝静まった頃だったし、最後の最後まで心配かけたくないという気持ちがあったのだとわかりました。

家族葬には、父と母、私と兄、母の姉妹の夫婦2組と父の兄弟夫婦1組が参列しました。

祖母は炭鉱に勤めていたこともあり、しっかり貯金をしていたようで、じゅうぶんすぎるくらいの財産があり、葬儀も墓も祖母の貯金でまかなえました。

広い会場で家族葬にはもったいなくも思いましたが、本当に祖母のことを思う人しか集まっていなかったので、あたたかい葬儀になりました。

身内しかいない葬儀だったので、私も大声でなき遠慮することなく最後の言葉を掛けることができました。

一人一人祈る時間も十分にあり、しっかりと最後のお別れができました。

家族葬は、身内だけの小さな会にはなりますが、コンパクトで準備もしやすく、お別れもしっかりできると感じました。

たくさんの人を呼んだからといって本当に故人が喜ぶかはわかりません。

故人の人柄や、喜ぶことを考えるのが大切だと感じました。

47歳 男性 祖母の葬儀

40代男性です 98歳で祖母が亡くなった時に家族葬をしました。

家族葬を選んだ経緯ですが もともと長い事 病院で入院していて そのまま寝たきりになり
最終的にはアルツハイマーになっていました。

そういった祖母のような方は 高齢化社会ですし沢山いらっしゃると思いますが 終末期医療
または 介護の期間が長いと世の中での人間関係はほぼ無くなってしまいます。

祖母の兄弟も既に介護で動けず 頭もしっかりしては居ない中で 友人知人も既に他界しているか
寝たきりの状態なのです。

ですので家族葬を選びました。

お葬式自体は お寺にて頼みました。

お願いしたお寺では 49日までは 寺内の小さなお骨入れで毎日 お経を唱えてくださいます。

そして それ以降に実家のお墓に入る事になります。

個人的な感想ですが とても良かったと思いました。

最後のお別れとして 大きなお葬式も立派なものだと思います。

しかし 今回のような家族葬では 皆が祖母をよく知っている血縁です 付き合いで出席している
方は誰もいませんので 常に生前の祖母の事を話していました。

それは 最後のお別れとしてとても和やかな平和な葬儀だったと思います。

そして 私の番が回ってきたときもその方がいいなと思います。

そして葬儀場に勤めている知人がいうには 最近の葬儀の多くが家族葬になっていると聞きました。

多分 皆さん 感じている事は似ているのかもしれませんね。

最後のお別れの時 沢山の人に囲まれ 家族は 出席してくださっている方々への配慮に常に気を
配り続け葬儀が終わるころにはやっはり疲れてしまう。

どちらがどうとゆう事ではなく家族葬は寂しいイメージもあるかもしれませんが 故人との最後の
お別れとしてゆっくりと気が進む中でお別れをすることが出来ます。

子供のころ 夏の暑い日に祖母に手をつないでもらい買い物に行った日の思いは今も残っています
厳しく叱られたことも思い出として残っています。

最後に 祖母としても喜んでくれたのではないかと思います。

最後まで読んで下さりありがとうございました。

10代女 祖父の家族葬について

初めまして。

私は10代の学生です。

10年以上前に祖母が亡くなりました。

心臓病で60代というまだ早い死でした。

正直、私は幼かったので祖母の記憶は断片的にしかありません。

それでも優しく愛情深い人だったのを覚えています。

祖母は家族葬ではなく葬儀は仕事関係の方や兼ねてから親交があった方などが参列し祖母を見送りました。

それから数年後祖父が亡くなりました。

自殺でした。

祖母のことを大変愛していた祖父は祖母の死に悲しみに暮れて最後は鬱状態になり自らの命を絶ちました。

自殺ということもあり、家族葬で祖父を見送りました。

その時も小学生高学年だった私は家族葬の意味や、自殺についてなど詳しいことはよくわかっていませんでした。

ですが、何故祖母の時はたくさん人がきたのに祖父の時は家族だけなんだろうと純粋に疑問だったのを覚えています。

今思い返せば、自殺だからといって家族葬にしなければならないのかという疑念があります。

確かに、自ら命を絶ったわけですがきっと最後に会いたい人が祖父にもいたはずで、祖父に会いたかった人もいたはずなのです。

その機会を設けて上げられなかったことは後悔しています。

どんな理由があれ、大切な人を失った直後は気持ちが不安定ですし身内だけで送り出そうという決断に至ってしまうのも分かります。

ですが、後々にやはり家族葬にするべきではなかったのかもしれない。

と後悔する方も少なくないと思います。

もう会えない故人とのお別れが悔いのあるものとなってしまうのは実に悲しいことです。

家族葬に決める前に本当にこの選択で後悔しないのか、もう一度よく考え直すのも大切だと思います。

当たり前ですが、お葬式というものは一生に一度しかない永遠のお別れなのです。

故人にとっても故人を大切に思っている人にとっても今までの思い出に浸り別れを惜しみ感謝を述べられる場を作ることが、遺された人々の使命だと私は思います。

家族葬にすること、もう一度よくご家族で話し合ってはいかがでしょうか?

57歳女 母が亡くなり家族葬に 家族の愛に見送られて

私は東京在住の50代の主婦です。

11年前に同居していた母を病気で亡くしました。

私の母はもともと新潟に住んでいましたが、父を介護の末亡くしてからは気落ちして、一人にしておけなくなり、話し合って孫たちのいる我が家に上京することになったのが同居の始まりでした。

私には当時まだ手のかかる子供たちが2人おり、母に同居してもらうのは正直本当に心強く、お互いのために良いと思い、迷わず来てもらいました。

母は、色々なことによく気の付く人で、父と会社を経営していたこともあって、顔見知りでない人にも丁寧にソフトに対応できるタイプでした。

ゆえに、知らない土地でもちゃんとやっていける人だという確信が私にもありましたし、孫もいるから気も紛れていたようでした。

上京した当初上の女の子は幼稚園の年中、下の男の子は乳飲み子でしたから、私としてはいくらでも手助けの欲しい時だったのです。

私は上の子の幼稚園の送り迎えなど、幼稚園の活動でばたばたしていたので、下の子はほとんど母にお任せ状態でした。

それこそ、我が子のように一生懸命育ててくれました。

お話することが大好きだった上の娘は聞き上手でほめ上手なお祖母ちゃんが大好き。

幼稚園や学校から帰るとまずはお祖母ちゃんに「あのね、今日ね・・・」と目を輝かせてお話していたものでした。

母も嬉しそうにニコニコしながら聞いていた顔はいまだに忘れられません。

下の男の子も、段々動き回る年齢になってきても、大好きだった「働く車」のビデオや「童話」のビデオを見る時はお祖母ちゃんと一緒に、一緒に歌ったりお話したりと・・・ずいぶん母も大変だったろうな、と思っていると決まって母が口にしていた言葉が「お父さんがいなくなった後の人生はあなたたちのために使いたい」という言葉でした。

旅行でも習い事でもなく、それこそ、わたしたちだけのために時間を使いたいと。

胸がつぶれそうな思いに駆られながらも、それならそれで家族で精いっぱい楽しもう、という発想に変えました。

家族で外食したり、家族で旅行したり、幼稚園や学校の行事にも参加したり。

こういう環境の中で育った子供たちです。

母が病気で亡くなった時には一言では言い表せない悲しみの中に突き落とされました。

しかし、わたしたちだけのために最後の時間を過ごしてくれた母に安らかに逝ってもらうために今度は家族でしてあげられる送り方をしてあげよう、ということから「家族葬」の選択に至ったのです。

後悔はありません。

無駄なく、家族のために生きた人には家族だけの暖かい雰囲気の中で送るのが一番でしたから。

弔慰金を頂いた親戚には後日報告方々会食の場を設けましたが、送るときは家族だけで思いっきり泣き、思い出話が出来最高だったと思っています。

これからは形にこだわらない家族だけの葬式は時代にあっているのではないかと思うのです。

30代男 家族葬はよかったと思います

30代男性で、先日、祖母が亡くなり、家族葬をしました。

もともと疲れやすい家族が多いですし、祖母が高齢だったため、友人などの参列も難しいため、親戚が家族葬を選択したようです。

祖父の葬儀の時は、同じ場所で、一般的な葬儀を、同じ葬儀場で行いましたが、通夜と葬儀が終わった後の疲労度は、家族葬のが少なかったと思います。

亡くなる直前まで、入院していたため、家族が病院に通ったり疲れていたので、入院生活が長くなりがちな方の葬儀は、親族の負担を考えると、家族葬という選択肢がいいのかなと思いました。

ただ、家族葬とはいえ、ご近所の方だけは、数名参列されていましたが、嬉しい気持ちと家族葬と聞いていたので、何故来たのかなという気持ちもありました。

地方なので、そういった面は、ルーズなのかなという気持ちと、葬儀場の規模を考えると、広めのホールで葬儀が行われたので、人数的にはよかったのかなとも言えそうです。

あと、服装については、私と母は、家族葬なので、多少は、カジュアルな服装でもいいかと思い、黒をベースにしたスーツではない服装で行きましたが、他の親戚は一般的な喪服で来ていたので、今後は、服装については、考えなければいけないかなと思っています。

葬儀自体は、思っていたよりは、急なことだったので、祖母が生きている間に、もう少し、接点を持ったり、先祖のことや、祖母が若い時のことなどを、戦争があった世代なので、嫌がるかもしれませんが、子供の時から、多少は聞いておいてもよかったかなと思います。

祖母の家は、父の兄が家を立て替えて住んでいるので、お仏壇に手を合わせるのも難しくなったので、祖母の生前中は、祖母が一人で暮らしていたので、行きたい時に会えましたが、家を建て替えてからは、父の兄一家が一緒に住んでいたので、それも難しくなったため、亡くなる前の半年くらいは、接点が持ちづらくなったことを、多少は後悔しています。

お互いに難しい性格だったので、色々と後悔する面はあります。

60代男性 母を家族葬で送り家族葬の良さを知りました

サラリーマンを60歳で定年退職し、その後はライティングの仕事等で小遣い稼ぎをしている年金生活者です。

3年前の66歳になった頃、母が他界しました。

93歳で、天寿を全うしたと言えます。

介護老人ホームに3年程入居していましたが、足腰が弱って車椅子を使っていましたが、年齢相応の認知症傾向はあったものの、私達兄弟やその連れあいの顔を忘れると言った事はなく、比較的元気に生活していました。

しかし、ノロウイルスに感染して提携先の病院に入院しましたが、吐しゃ物を誤嚥しての誤嚥性肺炎で急になくなりました。

通夜・葬儀はすでに10年ほど前に亡くなった父の経験もあり、特に慌てる事はありませんでしたが、どこで葬儀を営むかでは若干悩みました。

父が亡くなった時には兄弟3人とも現役で勤務しており、私達の会社関係の参列者が多数訪れる事が予測されたので、一般の葬儀会館で葬儀を営む事にしました。

母に代わって、葬儀の打ち合わせから支払いまでを行いましたが、その金額の高額な事には改めて驚かされたものです。

そうした体験と母の親戚や友人の多くはすでに他界し、参列者は子供・孫・曾孫が中心となるので、家族葬専用会館で営む事にしました。

通夜・葬儀は一般の葬儀と何ら変わらず、親族中心の20数名の参列者と小規模なだけの違いでした。

こうして無事に葬儀を終える事が出来、家族葬も親族だけでしめやかに送る事が出来、良いものだと感じました。

ただ一転残念なのは、ご近所の10名程度の方が参列を希望されていたものをお受けできず、後日仏前にお参り頂いた事です。

後で知った事ですが、家族葬会館でもご近所の方に、通夜の後にご遺体と対面し、花を手向けるお別れ会の様な場を設定できると言う事です。

会場の大きさの制約から、通夜・葬儀の儀式には参列頂けませんが、通夜後のお別れ会でご遺体と対面して頂け、私達が弔問を受ける事が出来たのです。

こうしたお別れの会は、家族葬会館によって対応が異なりますが、家族葬を営まれる場合には、こうした事が可能かを確認され、必要に応じて利用されると良いと思います。

40歳男 母が亡くなりショックだがやる事多くて更に疲労感

現在1人暮らしの40歳男です。

2人半程前に母親が病気のため、他界しまして。

突然でした。

前々日まで普通に会話をしていたのです。

家族は結婚した姉しかいません。

頼れる叔父にも連絡はしたのですが、自宅に自分以外に誰もいないのです。

こういう時にどういった形式の葬儀をするのか、姉も子どもがいて仕事もありとにかくイライラしているのです。

この時感じたのは味方がいなくなったという失望感でした。

本来ならば自身が喪主を務めなければならないのですが、ショックのために眠れない日々が続いたため、姉にお任せしました。

とは言え、まずは事件性がないかどうかで警察にも調べてもらわないといけないし、死因を診断してもらうために5万円払わなければなりません。

とにかく急だったので、家族葬という形を取ろうという話しになりました。

ただここでも問題が…家族や親戚のみで行うものと認識していたのですが、親しい友人や近所の方も呼ぶという形式らしいのです。

姉に聞けばイライラしてキレる。

もう全てが嫌になってしまいました。

とにかく葬儀だけは無事に終わらせなければならない…その気持ちだけでした。

実質告別式の1回のみの葬儀です。

結局葬儀前日も眠れずに当日を迎えました。

フラフラしていたのと、知らない親戚がいましたが疲れるから話さないようにしてただ無事に終えることのみ考えていました。

葬儀そのものはさほど心労は無かったです。

来てくださった方々にお礼を言っていたのは覚えています。

姉は私にイライラしていたのでしょう。

最後自宅に納骨を置いた時点でキレました。

この瞬間に1年はまともに話したくないと決めました。

後悔しているのは、自分自身が喪主にならなかったことです。

段取りがわからないがために、余計に姉をイラつかせ、自分自身がどんどんとショックを受ける負のスパイラルです。

そして相続という名の争続が起きます。

アドバイスがあるとすれば、いざという時のために遺影用の写真は用意しておく事、相続トラブルが起きないために、公証人役場で遺言証書を作成した方がいいでしょう。

思いの外手続き等やることも多いですが、家族葬をするならば誰まで呼ぶか(親戚まで、家族のみ)なども事前に決めておいた方がいざという時にトラブルは回避出来ます。

40歳 男性 家族葬に満足しています

兵庫県在住の40歳の男です。

今は介護職員をしています。

祖父、祖母の時に家族葬を行いました。

家族葬は安くで済むという点でよいと思います。

安かろう悪かろう、かもしれない、という気持ちがありましたが、そうではなかったので、私の母も私も家族葬にすると思います。

おそらく家族葬儀屋さんも競合がいるので、マナーなどをしっかり教えているんではないかと思います。

火葬場の方もきちんとたおやかに動かれておられました。

私は神戸在住ですが、祖父祖母は三重にいて、叔父叔母が面倒を見て下さっていました。

その三重の葬儀屋さんがどういう教育をしているのか、霊柩車の中で運転手さんに聞いてみましたが、社員に礼儀礼節、マナーなどはきっちり教えているとの事、残念なのは社員本人に自覚がないとか響かないなど浸透していない現状はあるとの事でした。

しかし祖父祖母の2回の葬儀で目立った点はありませんでした。

前職の管理者もガンで亡くなりましたが、その時の家族葬もきっちりしていて、葬儀に参列した私からも気になった点はありませんでした。

 父の時に大きな葬儀屋さんに頼んで兵庫県で葬儀を行いました。

その時は父の職場の方の予想をはるかに超える人数の方が葬儀に来て下さり亡父の業績や人望に感動しました。

 しかし、葬儀屋さんとのやり取りで少し、「そうするんだ。

」とがっかりしてしまった点は霊柩車に父の遺体を運ぶ際に写真をどうするか、という事をスタッフの人に周知していなくすこし段取りがちぐはぐしてしまった時に、葬儀屋さんの上司が部下に叱責するシーンがありました。

 そこは無言で指示するなどして葬儀が終わってから言えばよいと感じました。

そういう事もマナーとして特に葬儀は不幸事なので控える教育をして頂けたらな、と思いました。

人生の大きな転機、イベントでいうと結婚式もあります。

結婚式は祝い事なので少しぐらいの失敗やおふざけは許されますが、不幸事の葬儀では、不謹慎な行動をとってしまうと非常にマイナスイメージを与えてしまう事になりますのでよくよく気を付けた方がよいと思います。

亡き人を弔う気持ちを持って葬儀に臨めばよいと思います。

言葉にできなくても姿勢をみせればいいと思います。

父の葬儀の時に職場の同僚の方が私たち遺族に言葉をかけようとされた時に何度も言葉を発しようとされたのですが、嗚咽で何も言う事が出来なかった方がいらっしゃいました。

私にはその姿が亡き父を非常に慕ってくれていた事が伝わり涙が流れ落ちました。

 葬儀が始まる前に何宗かは確かめて一応の礼儀作法は抑えておいて下さい。

今はネットで調べられますしね。

総じて私は家族葬に満足しています。

30代女性、父の叔母の家族葬ーカラオケのフレーズが今でも

Rika、30代女性です。

今日は数年前に父の叔母が亡くなった時の家族葬について書きたいと思います。

そのおばさんとはあまり面識はなかったのですが、幼いころの彼女のイメージは、働き者で男勝りなカッコいい人、という感じでした。

彼女が体調を崩して入院したとき、ぞのイメージが崩れる感じに衰えていて、かわいそうだなと思ったのが最期です。

今思えば、もう少し会っておけばよかったなあ、と思います。

入院して、たった数か月で亡くなってしまいました。

人の命はあっけないな、と哀しくなったのを覚えています。

彼女の葬儀は最近ポピュラーな家族葬でした。

山奥の会館を借りて、近い家族だけを呼んだこじんまりとしたものでした。

お葬式の当日、まず聞こえてきたのが、そのおばさんのカラオケの声でした。

初めは、葬儀会場から流れてきている音だとは思わずに、何かの宣伝が聞こえているのかと思っていました。

それくらい、音程がズレているので、思わず笑ってしまいました。

このおばさん、カラオケが趣味で、よくお酒を飲んでは歌っていたみたいです。

葬儀会場で不謹慎かもしれませんが、愉快な気持ちになりました。

会場の中には、おばさんが好きだった歌手の曲が流れていました。

また、昔の写真がプロジェクターで流されていました。

いい意味で、あまりお葬式らしくなかったのを覚えています。

そこにいるみんなが昔話をして懐かしんだり、思い出を語り合ってなごやかな雰囲気でした。

そして終始、おばさんの調子っぱずれのカラオケの歌が聞こえていました。

一番よくかかっていた「カサブランカ・グッバイ」が今も頭によぎることがあります。

思い出すと、この人の人生は悪くなかったんだろうな、と変に思います。

この家族葬は、生前彼女が用意したものか、家族が準備したものかは分かりません。

でも、昔ながらの葬儀よりもずっと心に残ったと感じます。

お葬式をするなら家族葬がいい、と思っている方は、ぜひ事前に家族と話し合って、自分らしい最期の計画をしてみるのはどうでしょうか。

印象に残ること間違いなしだと思います。

62歳 男性

妻の母の家を建て替えて、私、妻、長男、長女、ペルシャ猫、母と一緒に暮らしていました。

長男は独立して別に住むようになり、4人と1匹の生活が続いていたのですが、母が年を取り、寝たきりになり妻が介護をしていました。

家を建て替えた頃は、母の友達が毎日来ていましたが、年々減って行きました。

身内もいないので私達だけしか家族が居ませんでした。

日に日に衰弱して行くのが分かるのですが、まだ歩いている頃は少しボケも出ていました。

最後の頃は誰が誰だか分かっていませんでした。

そんな母が12月31日に眠るように亡くなりました。

当然お墓も無く、お葬式をしても誰も来る人がいない思い、家族葬にすることにしました。

直ぐ、互助会に連絡をして家族葬でお願いしました。

処が31日大晦日だったので、葬儀場がお正月休みになってしまうので、その日のうちに葬儀場に預かって貰う事になり4日まで置いて、5日に火葬と言う事になりました。

最後のお正月を家で過ごす事が出来なかったのが残念で、かわいそうでした。

ただ、家族葬にして、何となく淋しい気持ちで、出館の時も4人と葬儀社の人が1人だけでした。

母が亡くなってから、とても後悔した事が在ります。

まだ元気だった頃、1階で紅白を見ていたのですが、最初は話相手をしていましたが、段々めんどくさくなってテーブルを離れて1人で見てしまいました。

すると母が1人で下を向いて飲んでいました。

暫くして2階の自分の部屋行ってしまいました。

もし分けない気持ちで何とも言えませんでした。

それからと言うもの1階でご飯を食べるとすぐ2階に上がってしまう様になってしまったのです。

家族葬にしてみて、1つだけアドバイスがあります。

暫く、朝も昼も人が来てお線香だけでもと言って来るのです。

いつ,何時に来るのか分からないので家を空ける事も出来づ、お墓も決まらづお骨も暫く置いていました。

近所の人も気を使ってそろそろ落ち着いた頃だと思って忘れた頃に来たりしました。

また、知らなかったと言って来る人もいました。

どちらが良いのか、葬儀をして1回で終わらす事も1つの考えだと思います.

56歳男 昨年、弟が亡くなり家族葬を 人の少ない家族葬は悲しすぎ

私は56歳になる独身男です。

昨年亡くなった弟の葬儀についてお話します。

弟は一昨年、夏前に顎の下にコブのようなデキものができ、それは日に日に大きくなり三カ月ほどして突然破裂すました。

近所の病院に連れていき診てもらうと「検査をします」と1時間位して呼ばれると先生が厳しい顔で「腫瘍だね、紹介状を書くので協同病院へ行ってください」と言われたがその場では何の話もなかったので2日後、協同病院を受診させるとまた検査をしました。

私は分からなったのですが検査に行ってるときに「病名についてや余命などについて本人に説明してほしい」とサインしていたようで、告げられたのは悪性の腫瘍「ガン」でした。

しかも破裂した顎の下のコブは転移したガンで大元は喉の奥あたりに下咽頭ガンができていると説明されると、それを聞いた弟はその場で「余命というか、このままだとどの位もちますか?」と聞き、先生から「う~ん、1年位かな」と、間髪いれず私が「でも治療や手術をすれば・・・」と聞くと「元の下咽頭ガンも顎の下にできてるガンも喉の動脈にくっついてて手術はできないしここまで大きくなると放射線も意味ないかと思う、抗がん剤がメインの治療で1年位かな」といわれそれから1年3か月後に弟は逝きました。

我が家は4人家族なのですが母は数回の脳梗塞により3年前から施設に入居しています。

死んだ弟も10年前に脳梗塞により軽い半身不随になりそれがもとで離職していました。

父は自営業をしていたのですが7年前に倒産しそれからは家で隠居をしていたのですが数年前から痴呆症になりはじめ、ですから私が一家を養ってきていたのですが約4年前に糖尿病をそのままにしていたつけがきて、気づいた時は足を切断し働くことができなくなり今は生活保護を受けています。

ですから弟の葬式も大きく出してやることはできず葬儀は親戚も呼ばず家族葬といっても父と私の二人で見送ってやりました。

今の生活から葬儀にも親戚は呼ばず葬儀後連絡をしたため今も誰も線香をあげにも来てもらえません。

今おもうと、葬儀にだけでも親戚に来てもらった方がよったのかと後悔しています。

各世帯により色々な事情はありますが、あまりにも少人数での家族葬は悲しいものがあり、私はまだ母と父が残っています。

その時は一人での家族葬になってしまうのかと悲しい思い出いっぱいです。

45歳男性 全く用意をしていなかった後悔の家族葬

初めまして、45歳男性です。

これをご覧の皆さんは大変な日々を過ごされているのでしょうか。

まだお葬式の会場など準備されていない方は、いざと言う時の為に少しでも早目にお考えになる事をお勧めします。

自分は亡くなった当日に急いでしまった大馬鹿者です。

さてその経緯をお話しします。

父が亡くなった時、家族葬をしました。

早いものでもう3年が経ちましたが、ご参考になればと幸いです。

その頃、祖母、父と同時期に脳梗塞で倒れ大変な日々を送っておりました。

特別養護老人ホームに二人共入って貰ったので、自宅介護されている方から見れば随分と楽で贅沢を言っていると思われるでしょう。

しかし母も元々身体が弱く、精神的にも疲れてしまい自分が何とかせねば、とプレッシャーのかかる日々でした。

父の方が症状が酷く、半身不随、会話は出来ない状態でした。

体調が悪くなると主治医の先生から呼び出しをされ、処置をするに当たってのリスクの了承をしたり、洗濯物を回収しては持って行き…
そんな状況で、夜勤中も気が抜けず疲れは溜まっていきました。

その日その日をこなすのに精一杯で、最悪の事態は頭の片隅にはあったものの、事前に葬式の会場など先延ばしにしていました。

まだ生きて頑張っているのに、葬式の用意なんて不謹慎な気もしていました。

しかしその日はやってきました。

夜勤中に留守番電話が入っておりまして、亡くなった事を知り、急いで病院に駆けつけてました。

寝ている間に喉を詰まらせたそうです。

お気に入りのスーツに着替えてされてくれていて、看護士さんの優しさに感謝です。

亡くなった父を見て呆然としました。

傍のよく喋る母も、いつもに増してずっと話していて、精神状態が危ぶまれる状況でした。

遠くにいる兄にも連絡したり、30分程したところで病室に看護士さんが来られ、お葬式の話になり焦りました。

遺体を横にネットで急いで調べましたが、そんな状態の自分に決められる訳がありません。

母も呆然と父の襟元を直したりしています。

結局は看護士さんに近場の式場を教えてもらいました。

「家族葬は安いのか?」

母が不安そうに聞いてきたので、家族葬にしました。

葬儀屋さんとあれは要る、これは省くなどの話しをしましたが、費用は100万くらいかかりました。

古いマンションを利用した会場で、騙されたかと思いましたが、何とか終えました。

父方の古くからの付き合いのお坊さんに聞くと、
「新聞のチラシに入っている所は大丈夫」
だそうです。

会社の上司なども場所や時間を聞いて来たのですが、母が疲労していることもあり、お気持ちだけ受け取りました。

そんな風な式場でしたが、母はほっとしたようで、どんな所でも気持ちなんだな、と思いました。

しかし、事前に調べて納得のいく場所を押さえていればもっと良い式になったのかも、と思うと心残りは拭えません。

簡単でしたが、皆さん、こんな自分の二の舞は踏まない様に気持ちの許すペースで事前にご用意をお勧めします。

29歳男 母が亡くなり家族葬を利用 静かに見送る事が出来て良かった

 おはようございます。

僕は29歳の男性です。

職業としては現在、自営業(フリーランス)をしております。

 そんな僕は5年半前に、母親を自殺で亡くしております。

とても衝撃的な出来事であり、最初は思い切りショックで悲しみに暮れておりました。

 ところが、すぐに葬儀をしなくてはいけません。

 そこで友人に助けられながら、家族葬の葬儀社を検索をして、問い合わせをするとすぐに対応して頂けて、とても心強かったですし、助かりました。

 葬儀社の社長さんが「この度はご愁傷様です。

家族葬となりますと、費用も安く抑えられますし、自由に静かに故人をお見送りする事ができますよ」と教えてくれました。

 葬儀に参加したのは喪主の自分と、母の友人1人、僕の友人が4人、親戚の叔母さんが1人という少人数だったので、本当に静かに小規模に執り行いました。

 僕からすると全部が全部初めての事なので、戸惑う事もありましたが、葬儀社の社長さんが直々においでくださって、サポートをしてくれました。

 そして、通夜、火葬、葬式、という一連の流れを何とか終える事ができました。

 費用の方も全部で45万円程に抑えることができました。

 昨日書かせて頂いた遺品回収業者の件に登場した親戚の叔母さんが、「香典の他にあたしの気持ちだよ」という事で30万円ほど助けてくれたのも嬉しかったです。

 「叔母さん大丈夫だよ。

お金はあるよ。

」というと、「それは分かるけど、何かに掛かるだろ?掛からないならお小遣いにしな」とまで言ってくれたのです。

 この時の心情としては、母親も逝くのが早すぎるよなぁ。

という事と、人が集まらない家はやっぱり家族葬にして、安く済ませた方がいいよな。

と思いました。

 葬儀社の社長さんにも感謝をしております。

最後の最後までサポートをしてくれたのですから。

 社長さんは「私がついているから大丈夫だよ!」と言ってくれた事は今でも覚えております。

 後悔している事は、もう少し人を集める事ができれば良かったかな?と思いました。

寂しがり屋の母だったので、もう少し賑やかな方が良かったかもしれません。

 でも呼ぶ人も震災の影響で亡くなったり、行方不明という状態です。

 その他は、高齢で逝ってしまったりしているので呼ぶ人がいないというのも事実でした。

 最後になりますが、アドバイスとしては上記の内容と被る部分がありますが、「費用を安くしたい方」「静かに見送りたい方」「人が集まらない方」は、家族葬の葬儀社に相談するべきです。

 絶対に安く済ます事ができますし、静かに見送る事ができます。

 葬儀社の方々も、こちらの事情をくみ取って臨機応変に対応してくれるのです。

 かえって一般的に見送ろうとすると、「赤字」になってしまう方ならば、猶更です。

 近年では「家族葬」が、かなり注目されているとのことです。

気になる方は、「家族葬業者」や「家族葬葬儀社」で検索してみてくださいね。

30代女性 家族でゆっくり別れの時間を過ごせてよかったです

私は30代女性で家族葬もそれ以外の葬儀も経験したことがあります。

家族葬を行ったのは私の父が2年前に死去した時のことです。

父は57歳で脳出血で倒れ、2か月程意識が戻らないまま闘病を続けた末に亡くなりました。

倒れたのは何の予兆もなく突然のことだったので、慌ただしい2か月間だったのですが、父が闘病の時に、昔自分が死んだときには家族葬にしてほしいと言っていたことを思い出し、それを家族と話したところ、家族葬をすることになりました。

父が生前特に親しくしていた知人と家族だけを集めての葬儀になったのですが、基本的には今考えてもいい葬儀だったのではないかなと考えています。

他の葬儀に出席してみて、大規模な葬儀の場合にはどうしても参列して下さる方の対応でいっぱいいっぱいになってあっという間に葬儀が終わるという雰囲気があるのですが、家族葬を行ってみて、家族葬の場合には、参列して下さった方とゆっくりとお話しすることができ、また、私たち家族も父との最後の別れの時間をゆっくりと過ごすことができました。

父の立場になって考えてみると、父は多数の人に参列してほしいわけではなく、本当に大切な人とだけ最後の時間を過ごしたかったと思うし、大規模な葬儀をすることで私たち家族に疲弊してほしくなかったと思います。

ですから父が生前に願っていた通りの葬儀を行うことができたのではないかと感じています。

大きな後悔というのは特にないのですが、葬儀後に父の死を知って家を訪ねてきて下さる方もいらっしゃって、そのように父との関係を大切にして下さっていた方を葬儀に参列頂くことができなかったことを少し後悔しています。

やはり父本人でないと理解できない交友関係というのもあって、家族葬では呼ぶ呼ばないの判断が残された家族には難しいと感じました。

もし家族葬を希望する人がいらっしゃったら、家族としてはとてもいい葬式になったと感じることができると思うのでぜひやってみられたらいいと思います。

ただ、参列できなかった方に失礼のないように対応していくことを心掛けていくべきだと思います。

41歳男 義父の家族葬でじっくり別れを惜しめました

昨年、妻の父が亡くなった時に家族葬を行いました。

私たちが住んでいるところは田舎なので、普通の葬儀が一般的で、家族葬は初めてでした。

喪主だった妻の兄が市役所に勤務していたのですが、市役所が葬儀への職員同士の参列を無くす流れになっていることもあり、家族葬に決まったようです。

大抵100人前後、多い時は200人を越えるような葬儀にしか参加したことがなかったので、まず式場のサイズに驚きました。

多くても50席くらいしか入らず、その時は30席ほどしかありませんでした。

お通夜もごく身近な親族だけだったので、20人程度しかおらず、焼香がその分短くなり、お通夜は30分もかからず終了しました。

普通だったら、親族は参列者の見送りをしないといけないのですが、見送りがないので、とても楽チンでした。

身内ばかりなので、変に格好をつける必要もなく、まるで家にいるような感じでした。

翌日も普通の葬儀とは違い、ゆったりとしていました。

前日同様、参列者の対応がないので、
お斎の時間も親族だけでゆっくり食べることができ、葬儀までの時間ものんびりと過ごすことができました。

しかし、この辺りから会場内の雰囲気が変わっていきました。

ゆっくりできる分、義父の事を考えることができ、義父の思い出話や闘病生活などの話になり、義母や妻の叔母などはすすり泣きをしていました。

そして、葬儀もお通夜同様、身近な身内だけなので、とてもしんみりした雰囲気の中で行われました。

仕事上の付き合いなどで、一度も故人と会ったことがない人が参列する人がいても珍しくない通常の葬儀とは全く違った雰囲気でした。

焼香が短い分、普段より短い時間で終わりました。

その代わりに、出棺前の最後のお別れの時間は長めにとってくれていたようで、義父との最後のお別れを惜しむことができました。

そのせいか、参列した人はみんな泣いており、義父の人柄もあるとは思いますが、やはり家族葬のある意味閉鎖的な雰囲気が大きく影響していたと思います。

人が亡くなった時に、どのように悲しみと向き合うかは人それぞれ好みがある思います。

通常の葬儀のように、次から次にやるべきことに追われて、気を紛らわすという方法も良いと思いますし、家族葬のように、何にも邪魔されず、故人と向き合うのも良いと思います。

初めての家族葬でしたが、とても良い経験になりました。

44歳男。

妻の祖母が亡くなった際に家族葬

私、現在44歳男。

家族葬を行ったのは約4年前くらいです。

妻の祖母が高齢だったこと、体調も優れておらず入院をしていたこと、病院の医師からの助言でもう長くはないだろうと言われていたこと等があり家族もそれなりに覚悟はしていました。

病院から連絡があり亡くなったと聞き、彼女の実家にすぐに向かいました。

義理の父親と母親と妻と4人で相談した結果、家族葬を行おうという決断に至りました。

従来ならば亡くなったおばあちゃんの知人や友人、親族などに連絡をして通夜・葬儀を執り行うのが正式な方法でしょうが、周りを見ても高齢者が非常に多くそれぞれ体調など優れない方々ばかりだったので、連絡をして葬儀に来てもらうことまでは相手にも悪いんではないかという考えでした。

葬儀社の方たちと話し合い手際よく段取りをしていただきました。

当日は家族葬なので参加者は子供を含めても10人もいませんでしたが、それ以外は普通の葬儀でした。

家族葬を行ったことで私は家族も含め後悔していることは特にありませんが、亡くなったおばあちゃんの知人や一部の親族の方からは葬儀に参加したかったと言われたことは何度かありました。

ただ、このような事情があって話し合って家族葬を選んだんだと説明したら皆さん理解してくれました。

私自身もそうだったのですが、今は色々な葬儀のスタイルがあります。

一昔前のような近所の家とのコミュニケーションが無くなっている場合や、私たちのように親族の方々が高齢になっている場合、葬儀を執り行う金銭的な余裕のない場合など様々な理由があると思います。

そんな時は悩まずにそのまま葬儀社の方に相談してみるといいと思います。

葬儀社によって多少の違いはあるのでしょうが私が行ってもらった家族葬は通常の葬儀でした。

私は葬儀とは別れのあいさつの儀式だと考えているのでそれぞれの気持ちの問題だと思います。

葬儀が大きかったとか立派な棺桶にしたとかあまりこだわらなくてもいいんじゃないでしょうか。

葬儀を行ってくれること、大切な家族が別れのあいさつをしてくれたこと。

それだけでも故人は喜んでくれると思います。

35歳男性 祖父の亡くなった時の家族葬は大成功

35歳男性です。

1年前に家族葬を経験しました。

自分の祖父が亡くなった際に、生前の祖父からのお願い通り小規模な葬儀してほしいと言う希望であったため、自分を含めた親族で集まれる限りの人たちで行いました。

最初は大勢の方に見送ってもらう方が祖父も幸せなんじゃないかと思っていましたが、実際に亡くなってみると、その後の対応などが非常に大変で、葬儀までのことを考える余裕がほとんどありませんでした。

亡くなってから病院の方で、葬儀会社を勝手に決められそうになったため、以前から検討していた葬儀会社さんにすぐ電話をし、お願いをしました。

家族葬でやりたいとお願いしたところ、快諾していただけたので、手続きも非常にスムーズに行えました。

当日は本当に少数の親族だけで執り行いましたが、祖父が寂しくないようにお花などもたくさん飾ってもらえて、祖父の生前用意していた写真もきちんと飾ってもらえました。

祖父の姿を聞いて多くの友人がたが自分たちも葬儀に出席したいと言う申し出もありましたが、今回は家族総出行うので申し訳ございませんとお断りをしました。

本当に最後の祖父とのお別れの時間まで、アットホームな雰囲気で過ごすことができ、祖父の今までの思い出などもたくさん語り合うことができました。

後悔していることといえば、祖父がどんな音楽をかけて欲しかったのか、この点を聞き忘れてしまったことです。

祖母があの人はこの音楽が好きだったよと選んでくれた音楽がたくさんありましたが、それが本当に祖父の希望だったかどうか分かりませんでした。

それ以外は概ね祖父の願い通りの家族葬ができたんじゃないかと思っております。

これから家族葬行われる方々へのアドバイスとして、生前に、どのような葬儀にして欲しいかと言う意見をきちんと聞いておくことが望ましいと思います。

また、家族葬なんて寂しい、大勢の人と一緒にやればいいんじゃないかと言う方もいらっしゃいますが、最後に尊重されるのはその亡くなられる方の意思ですので、絶対に曲げないでください。

27歳男 祖父がなくなり家族葬に、ゆっくりと送り出す事が出来た

私は27歳の不動産の営業として働く都内在住の男です。

祖父が78歳で亡くなった事から家族葬を行うことにしました。

祖母があまり親戚や他の人に迷惑んかけたくないとのことだったので、大きな葬式をするのでなく家族葬でこじんまりと行うなう事にしました。

祖父もあまり知り合いが多いわけでもなく、祖父の兄弟はもうすでに亡くなっている人がほとんどだった事も理由に挙げられます。

ガンで入院していた祖父でしたが、亡くなる時は思ったよりもあっという間でした。

仕事をしている時に母親から容態が悪化したことを聞いてすぐに向かいましたが、間に合いませんでした。

すぐに家族葬の手配を行いましたが、病院側が紹介してくれた業者ではなく、比較的リーズナブルに利用できる業者をネットで見つけて依頼しました。

祖父が亡くなってから3日後に家族葬を行いました。

近所の臨海斎場でこじんまりと担当者含めて5人で行いました。

花束や好きだったタバコなどに囲まれて安らかなに天に昇りました。

火葬の時間は、待合室みたいなところで、約1時間ほど待ってから家族で祖父の骨とご対面しました。

家族葬だったので、親戚などの挨拶が必要なかったので、祖父との別れの挨拶もじっくりと時間が取れてよかったと感じています。

家族全員で涙を流しながら祖父を送る事が出来ました。

静かな空間の中で、祖父と最後の話ができる事は家族葬ならではだと思います。

祖母も挨拶まわりなどを気にしていたので、家族葬が良かったと家族で感じています。

私にとっては家族葬に関して初めてで、葬式自体も初めての経験でした。

費用面でも負担が少ない家族葬は、経験してみて後悔した事はありません。

これからの生活の中で、自分の家族にもし何かあれば家族葬にしようと思いました。

大勢に囲まれて盛大に送ってあげる通常の葬式も良いですが、故人をゆっくりと家族だけで送り出す事ができるので、是非家族葬を利用してみてはいかがでしょうか。

35歳女性 家族葬はとても暖かかったです

35歳女性です。

数ヶ月前に、祖父が他界いし、家族葬をしました。

家族葬をした理由は、家族第一で、家族想いだったとても立派だった祖父が、もし自分が死んだら、絶対に家族葬にしてほしい。

お葬式というのは、他方から色々な人を呼んで、盛大にするものではない。

最後を家族だけで過ごし、みんなで語らいあい、人生を終わるものだ。

だから私も絶対にそうして欲しい、との要望が、昔からあり、家族の誰もが、個々にそれを聞かされていたからです。

祖父は結構高齢だったので、死が近いことを自らきちんと理解して、知っていました。

祖父は全てのことを自分で管理し、そして自分以上に家族のみんなのことを愛してくれている、そんな存在の人でした。

祖父が他界した日、その日に他界したら開けてくれと言われていた箱を開けると、家族葬の葬儀場の契約書が入っていました。

いわゆる、その日、その時がきたら、ここに電話してください。

というような紙が入っていたのです。

そこに電話してみると、祖父が生前自ら、したいと思うスタイルの家族葬のお葬式を契約していたとのことで、その準備をしてくださいました。

家族の誰一人として、そんなことは知らされていなかったので、びっくりしましたが、もっとも祖父らしいと誰もが感じていました。

祖父が準備していてくれた会場に足を移し、家族だけの家族葬をしましたが、そこは祖父が言っていたように、家族の団欒の場所でもあり、残された家族と祖父の本当に最後のひとときであり、めちゃくちゃ悲しいはずなのですが、なんだか朗らかな気分になったりもできました。

普通の一般葬のように、訪問客もないので、他人との挨拶や、接客などもしないで言い分、祖父と長くいられ、すごくいい思い出ができました。

私は家族葬を通して、とても素晴らしく暖かな、大切な人との別れを経験できましたし、私もいつかそうなる日が来た時に、経験してみたいとも思えることもできました。

たくさんの方々にもおすすめしたいです。

36歳女嫁ぎ先の家族葬

私は26歳で結婚し、同じ県内の男性に嫁ぎました。

私の出身地は海寄りで、旦那は山里です。

見るもの聞くもの珍しく、習慣の違いなどもよく気づいたものでした。

その中でも、1番印象に残っているのが旦那の祖父が亡くなった時のことです。

旦那の両親は共に山育ちで隣町の出身でしたが、両家とも土葬だったのです。

最近では、旦那の母方のお家はお墓をまとめましたが、義母が謎の病で数ヶ月入院をしたこともあり、義父は、義父側の墓はまとめるな、と旦那に助言していました。

義父の祖父はお坊さんだったこともあり、実家にはお堂もあります。

曾祖父のお墓はもちろん土葬なのですが、お坊さんにだけ許された先の尖った玉ねぎのようなお墓の形でもあります。

義父側の土葬のお墓はほぼ山の側面一体になっており、水場がないので山の麓で水を汲み、リュックに背負っていつもお参りします。

急斜面でいくつもあるため、ちょっとしたハイキングのような感覚ですが、いつもご先祖さまに守られているなと感じることがあるので、子ども達にも伝えて行きたいと思っています。

話は戻り、最近のお葬式はこの辺でも近くの葬祭会館が多い中、旦那の祖父の時には、祖父が1人暮らしをしていた立派な実家ですることになりました。

地域の文化史にでてくるような、家族はもちろん、近所の方々の協力を得ながら、お通夜、お葬式の準備、運営を行いながら、お坊さんにも来てもらい、お経を唱え、式が済むと皆で宴会を行いました。

とても賑やかで、故人の話、昔の話、私は嫁にきて間もなかったのでご挨拶など、祖父が繋いでくれたご縁に感謝しながら過ごしたことでした。

宴の前に、祖父の入っているおかんを、竹で作ったカゴで囲み、近所の方々とともに皆で担いで運び、近くの山のお墓の中の一角に埋めておりました。

穴は前日に近所の方々が掘ってくれていたようでした。

私はその時妊娠しており、祖父の最後の顔を見ることを許してもらえませんでしたが、はじめて見る土葬、そして山文化の中の家族葬に衝撃を受けたのでした。

33歳 男性 後悔のない家族葬 

こんにちわ。

私は33歳の既婚者で3歳の子供がいます。

平日働いて、休日は家族とアクティブに過ごす生活をマイペースに送っています。

約4年ほど前に、おじいちゃが天国へいってしまいました。

88歳という高齢でしたので、満足していってくれたのかな?と家族みんな思っています。

特に大きな病気をする事もなく、満足した人生を送れたかはわかりませんが、心の準備はできていましたし、パニックに陥る事はありませんでした。

88歳という高齢になると、お葬式をしてもお付き合いがあった方々は既に天国へいかれている事が予想されましたし、家族だけでおじいちゃんを見送ってあげたいという気持ちから家族葬にする事を決めました。

家族葬の良い所は、来て頂いた方に気を遣う事なく全力で見送れるところだと思います。

やはりお葬式といえども、大人数を招いてしまうと、それどころではなくなってしまいますし、本来の見送る意味が曖昧になってしまうと思います。

実際に家族葬をした感想ですが、間違いなく良かったです。

あれだけ心の準備が出来ていましたが、感情輸入する事ができて涙が出てきました。

周りを見ても全員泣いていました。

とはいえ5人でしたが、、、。

全身全霊で見送れたと思えましたし、おじいちゃんもきっと喜んでもらえたと思います。

ですので後悔は一切ありません。

これから家族葬を検討している人にアドバイスがあります。

家族葬が全て良いわけではないと思います。

見送る人、見送られる人の環境によって左右されます。

どういう事か。

突然命を落としてしまった人や年齢を考えてほしいです。

突然命を落としてしまった方や若い年齢で亡くなった方というのは、周りの準備が全くできてなく、交友関係もしっかりとしているのがほとんどだと思います。

こういった場合は、交友関係に感謝の意を込めて一般的なお葬式をする事をオススメします。

それが礼儀とまでは言いませんが、それに匹敵するくらいの事だと思っています。

それぞれの環境に合わせたお葬式を選ぶという事を念頭に置いて、天国へ見送りましょう。

50歳男性 他人に気を遣わない、家族葬こそ、本来の葬儀の形だと思い

私は千葉県在住の50歳、男性で、広告デザインを生業としています。

家族は妻と娘2人です。

この年齢になると、冠婚葬祭の葬の部分に参列する場面が増えて来ました。

そんな中でも、最近、本当に多い葬儀が、家族葬です。

私の妻の両親も3年前、2年前と立て続けに、ご逝去され、やはり、葬儀の形は家族葬でした。

勿論、友人、知人、お世話になった方々を大勢、参列した葬儀も良いとは思うのですが、私は身内の葬儀も含めて、家族葬は、今の時代に合っていると思っています。

それは、家族と本当に親しい知人だけで、送って上げる形こそが、周りに遠慮せずに出来る自然体の葬儀だからです。

妻の両親の葬儀では、本当に身内と親しい故人の友人が数名での葬儀でした。

受付は妻の兄弟が行い、儀典も身内で行い、司会だけは、葬儀社の方にやって頂き、それ以外は、殆ど、家族、兄弟だけで行いました。

出来るだけ、費用をおさえる部分もありましたが、その方が、家族、兄弟が集まって、協力して進行した方が、故人も安心するのではないかと言う思いもありました。

ただ、唯一、後悔しているのは、高齢の故人の友人の中には、どうしても、葬儀に参加したいと言う方もいらしたのですが、その方を参加させてしまうと、この人も、あの人もになってしまうので、心苦しいながらも、お断りさせて頂いた事です。

家族葬なので、どこかで割り切らなければ行けないのが、非常に辛かったです。

ただ、家族葬は、デメリットよりもメリットの方が、私はあると思います。

まず、変に他人に気を使わずにすると言う点です。

本来は葬儀がメインなのに、参加している方への気遣いで疲れてしまいます。

それでは本末転倒の様な気がします。

そして、家族葬なので、好きな形で葬儀が出来ると言う点も良い部分です。

通例ですと、通夜があり、告別式。

そして火葬と言う流れだと思いますが、家族だけなので、告別式だけでも良いのです。

また、家が大きい方なら、自宅葬でも良いと思います。

その時の環境や状況、家や予算によって、家族だけで決められるのも、家族葬の良い部分だと思います。

これからの葬儀は、家族葬がスタンダードになって行くのではないでしょうか。

30歳女 祖父の葬儀で記念撮影・・・不思議だけどいい記念に

私は30歳、今年五歳になる娘をもつシングルマザーです。

現在、在宅でライティングの仕事をしています。

私の父方の祖父が亡くなったのは約三年前のことでした。

祖父は107歳で、眠るように亡くなりました。

亡くなる一週間ほど前から、体調を崩し、食事も自分ではとれなくなってしまったので、入院していました。

年齢が年齢だったこともあり、
入院してからはずっと寝たきりで、
話すことも出来ないような状態でした。

祖父が亡くなった時、私を含め親族は「悲しい」という感情より、「今までお疲れ様でした」という思いが強かったです。

生きているってそれだけでものすごいことだと、
まだ30年しか生きていないけれど、思います。

それを107年・・・気が遠くなるような時間を生きて、祖父は祖父の人生を全うしたんです。

もう、本当はお疲れ様よりも亡くなったのに変かもしれませんが「おめでとう」と言いたいくらい。

そのくらい、尊敬しています。

お葬式の時も、悲しい雰囲気は無く、
みんな祖父の最期を心を込めてただただ見送っていました。

その時担当したスタッフの方々も、
107歳で、眠るように亡くなり、私達が「悲しい」という思いをもっていないことを感じていたのか、
「みなさんで、写真を撮りましょう。

」と
カメラを用意して下さいました。

祖父の遺影の前に、親族がぴしっと整列し、
厳かな雰囲気の中、シャッター音だけが響いていました。

私は、「笑うのも変だし、あんまり怖い顔をするのも違う気がするし・・・」
と思いながら写ったので、何とも言えない表情になっていました。

お葬式で記念写真、なんて聞いたことがなかったので、
他の親族も何とも言えない表情になっているのですが、
そのありのままの表情がいい記念になっているような気がします。

祖母も90代の高齢で、祖父が亡くなったことで、気が抜けて元気が無くなってしまうのではないか、とみんな心配していたのですが、
逆に元気になっていました。

「私も100まで生きる!」と今も元気に毎日過ごしています。

亡くなっても祖父の力は偉大だな、と改めて感じています。

50代女性 父親の葬儀を家族葬にしてよかった

私は50代の女性です。

主人と子供と3人で質素に暮らしています。

私が家族葬を行ったのは、父親がなくなった時です。

その時、以前に父親から葬儀なしなくてもいいと聞いていたことを思い出し、葬儀をしないわけにもいかないので葬儀を簡単にするということで家族葬にすることにしました。

家族葬にすることは、母親も賛成でした。

やっぱり年を取ると、あまりごちゃごちゃした感じではなくしめやかに故人を送りたいという気持ちが強くなるのだと思います。

家族葬の場合は、簡単に親族だけで済ますことができます。

それは本当にいいですね。

家族葬にして、いろいろなところに連絡をしなくもいいのは本当に楽でした。

葬式をしてよくぐったりなって、後で倒れてしまうこともよくあると聞きます。

通常の葬儀だったら、大変だったと思うのです。

それを家族葬とすることにより、時間も短いし本当に良かったです。

しかもその葬儀の価格についても、想像していたよりもはるかに安く済ませることができました。

安いといっても、後悔することは全くないのです。

それはとても安心できました。

私の個人的な考えとしても、家族葬がいいです。

私が亡くなった時も、それで簡単にして欲しいと願います。

葬儀で家族に負担をかけることが、望まないのです。

そして家族葬にして良かったこととして、なんといってもしめやかにひっそりお別れをすることができたということです。

もしも忙しくしていたら、そんなに悲しみを感ずる感じで行うことができなかったと思うのです。

それをひっそりできたので、家族としても父親のことについてゆっくり話をしたりして、いい時間を持つことができました。

家族葬は、料金も安くできるし、何よりも疲れることなく葬儀をすることができます。

そのことで、しめやかに送れるので最も良い葬儀の形だと思っています。

その家族葬を行ってますます、自分の葬儀についても、簡単にして欲しいと家族に伝えることにしています。

30歳男「生前予約で家族葬を頼んでいた祖母とその家族の話」

こんにちは、30代男性です。

今日は、祖母の家族葬についてお話をさせていただきます。

祖母は3年前、脳出血で他界しました。

92歳でした。

倒れるまで、自分の布団は自分で干せるぐらいの体力とパワーを持っていたので突然倒れてびっくりしております。

祖母は常々、あんまりひとを呼ばない小さい葬式でいいけぇと言っており、葬儀代を先に葬儀会社に支払っている徹底ぶりでした。

実際、その葬儀会社に連絡を取ると祖母との話とは違い家族葬にはしたくないような印象を受けました。

葬儀会社にすれば、小さな1室のみで完結する家族葬はほとんど利益にならないからではないでしょうか。

花の準備、宿の手配などの手続きの代行手数料・各備品の準備、返礼品の準備などなど、やはり参加人数が多ければ多いほど収益は上がる。

そう思います。

そんなことから、はじめはとにかく家族と少しの親戚だけで完結させたいと言っていたにも関わらず最終的にはこじんまりとした普通の葬式になってしまいました。

費用も祖母が先に準備していた金額よりも大幅に増え、100万円程度の差が出ていました。

そんな葬儀会社にイライラしながらも、祖母を見送らないといけないし、モタモタしていられないため話を付けていき葬儀は行われました。

なんとか祖母の遺言通り家族と数名の親戚のみで行われましたが、どこからか話を聞きつけた友人や別宗教の方なども現れてあきれてしまいました。

祖母が生前どのように葬儀会社や親戚と話をしていたのかは不明ですが「死人に口なし」で本人の希望通りではなかったと思います。

これから生前予約で葬儀を考えている人に伝えておきたいのは、葬儀会社と話をするときは本人だけでなく家族も一緒につれていくべきです。

そうしないと、死後あなたの意見は葬儀会社に捻じ曲げられる可能性があります。

途中にも書きましたが、葬儀会社も企業で売り上げを重視しています。

少しの花と質素な棺桶で行う家族葬は売上が上がりません。

葬儀会社にも、家族にもオプションのようなものはすべていらないときっぱり伝えておきましょう。

そして葬儀の生前予約をするのであれば同時に遺言状も作っておくことをお勧めします。

遺言状といっても、そんなん財産もないしいらないと思う方もいるかもしれませんが違います。

家族はあなたの資産・財産がどこにどんな風にあるか全く把握できません。

そしてなにかあった時においていたとしてもあなたが死んでしまうとその口座は凍結され、すぐには出し入れできなくなってしまいます。

遺言状では、資産がいくらあるのかどこにどのようにあるのかを記載して家族が速やかに対応できるようにしておくと困りません。

あと、へそくりに関してもちゃんと場所を記載しておくといいですよ。

テレビでは遺品整理の際に年間7000万程度のお金が処分されていると放送されていました。

つまりへそくりです。

家族はきちんとした財産も把握できていないですのでへそくりなんてもっとわかりません。

ものが多いと遺品整理は業者に一括で任せたりしますのでその際に処分されてしまいます。

公的な遺言状を作成するのも大切ですが、そういったお金についても記載があるものを作っておくと家族は安心です。

55歳 女 家族葬でもそうでなくても 気持ちが大切

今年初めに母を亡くし、家族葬を執り行いました。

老々介護で父が母の介護をしていましたが、父の死後、母は老人ホームで過ごしていました。

父の葬儀は、それなりの役職にもついていたし、定年後の交際範囲も広く、家族葬ではありませんでしたが、母の晩年は老人ホームに入っていたし、高齢でしたので、参列する方もあまりいないと思われたので、家族葬でお金をあまりかけずにやることになりました。

しかし、お願いする葬儀社によって、さまざまのオプションやらなにやらあるようで、母の時も結局そこそこの費用は掛かりました。

家族葬とはいえ、近所の方や親せきの方は来ていただきましたが、やはり少ない参列者なので、香典も少なかったです。

葬儀社の司会の方から、式でお話をするので、故人の生前のいろいろなことを教えてくださいと、アンケートのような紙を渡されました。

故人の性格や趣味や好きだったこと言葉や食べ物。

周りの方からどのように思われていたとか、若い頃はどんな仕事をしていたとか、どんなご夫婦だったとか。

そのアンケートを書いているときは、母の元気なころや自分の子供のころのこと、私の子供と過ごした日々を思い出し、懐かしさともうあのころには戻れないんだという悲しさと、何より感謝の気持ちがわいてきました。

さらに、母の人生はどうだったんだろう、いろいろ苦労もしただろう、楽しいことはたくさんあったんだろうか、やり残したことはあったんだろうか、もっと私たちにしてほしいことはあったんだろうか、最後はどんな気持ちだったんだろうか、ちゃんと天国で父に会えたんだろうか、甘いものが好きだったなぁ。

次から次へと母への想いがこみ上げてきました。

私にとっては尊敬すべき偉大な母でした。

やっぱり母は強し。

亡くなってから思うことは、もっといろんなことをちゃんときいておけばよかったなと。

その当時は、大事なことなどを聞いていても右から左。

ほとんど覚えていませんでした。

自分の子供もきっと同じだと思うので、ちゃんとノートなどに記録を残しておこうと思いました。

家族葬でも一般の葬儀でも、故人をしのぶ気持ちが大切です。

一生に一度、最初で最後のお葬式が、滞りなくしめやかに行われれば大成功だと思います。

きっと天国で見守ってくれている、まあまあこれでオッケーよ!と言ってくれていると信じたいと思います。

68歳男性 義母の家族葬で感じた事

60歳を過ぎて、私の両親・妻の父親の葬儀を相次いで営みました。

唯一生存していた妻の母親も急に亡くなり、先日葬儀を営みました。

葬儀社の手配等は喪主を務めた妻の弟が全て行ってくれました。

弟が手配したのは義父の葬儀も営んだ家族葬会館でした。

親しい家族・親族のみで故人を送る家族葬は、義父の葬儀で初めて経験し、しんみりと故人を偲ぶ事が出来、思った以上に良いものだと感じていたので、何の不満もなくしめやかな通夜・葬儀を営む事が出来ました。

しかし家族や親族を中心にした家族葬では、ご近所の方が参列できない点が欠点と言える事を知りました。

男性は地域との付き合いが女性と比べて少なく、また義父の時には義母が対応していたので、知らなかったのですが、通夜・葬儀に参列できなかったご近所の方が、霊前に線香だけでも上げさせて欲しいと、葬儀の翌々日にご近所の数名の方から妻に連絡が入ったのです。

長男は、ご近所の方との面識が少なく、妻が実家に出向いてその対応を2日間行いました。

線香だけでも上げさせて欲しいと言うご近所さんの心遣いはありがたいけれど、パラパラと実家に来られる対応には非常に気を遣ったとの事でした。

家族葬はしめやかで良い葬儀方法だと思っていたのですが、こうした欠点もあるのだと感じました。

後日知ったのですが、家族葬におけるこうした課題対策として、通夜式が終わった後に、お別れの会として、ご近所さん等が棺の前で焼香と小さな花束を手向ける段取りをしてくれる葬儀社があるそうです。

こうしたアイデジアは家族葬の欠点を解消する素晴らしい方法だと思います。

事前に知っていれば、葬儀社に特別にでもそうした会の設定をしてもらう様に頼めたのにと思いました。

これから家族葬を営もうと考えられている方は、この点についても考慮して、必要ならお別れ会の様な場面を設定してもらえる葬儀社を選ばれると良いと思います。

また葬儀社がOKを出してくれるなら手作りでお別れ会を設定しても良いかも知れませんね。

44歳、女性、家族葬でアットホームなお葬式でした

40代のパート主婦です。

父親を先日、亡くして家族葬を行いました。

私の母と私の家族(夫と娘)の4人で見送ることにしました。

私は一人っ子で、親戚付き合いもほとんどなく、父の願いとして家族葬で十分だと話していたので、父の具合が悪くなった付近から、葬儀会社をいくつか調べておき、そこで家族葬を行っている業者に資料請求してみました。

母は以前、こちらの家族葬の展示会へ参加したことがあり、葬儀会社に名前を登録していたので、会員価格にて利用することができると聞き、そしてとても迅速な対応でスピーディですし、葬儀に関しての流れも事前に電話で聞いたところ、とても丁寧な対応だったので安心して依頼することにしました。

全く葬儀に関してイメージがわかず困っていましたが、葬儀会社へ電話して訪ねてみたところ、かなり丁寧な話があり、わかりやすい内容だったので、ここなら安心して依頼することができると思ったので利用することにしました。

やはり家族葬はアットホームな流れで行い、全て込みのセットプランで申し込みを行いました。

ドライアイスもついていますし、霊柩車やお花代なども含めて、かなりリーズナブルな価格にて利用することができましたし、家族葬にしたことで亡くなった後の手続きや色々なことでバタバタするのを慌てず、ゆっくり行うことができたのはよかったです。

母や私、共にかなり疲れていましたし、葬儀は家族葬で行ったことで、本当に穏やかに父を送ることができてよかったと実感しています。

母もかなり疲れ切っていましたし、私も一人娘なので色々と手配して行うのは大変なので、自分なりに葬儀ができて、葬儀会社の方が丁寧なサポートを行ってくれたことで、満足できる葬儀が行え、かなり充実した時間を過ごすことができたと実感しています。

こうした取り組み方で家族葬の印象も代わりました。

親族のみで故人を送るのもよいなと感じられるような温かい気持ちになれる葬儀でした。

50歳 男性 今の時代に合った葬儀の形

私は50歳、男性で広告デザインを生業としています。

家族葬を実際に行う前は、葬儀のコストを押さえる為に行う物と言う偏見が少しありました。

勿論、コストも大切な事です。

ただ、家族葬を終えてみて、正直、家族葬で本当に良かったと心の底から思いました。

義母が亡くなり、最初は友人葬と言う提案もあったのですが、義母を近い親族だけで送りたいと言う強い喪主の思いから、そうなりました。

葬儀の当日は、椅子が14席程用意されていました。

大きくもなく、小さくもない、丁度良い部屋でした。

司会進行こそ、葬儀社の方が行いましたが、受付は孫達、故人へのお手紙は喪主の後に孫達からのお手紙でした。

メモリアルDVDを見て、葬儀は終わったわけですが、何が一番、家族葬で良かったかと言えば、それはノーストレスと言う事です。

大きな葬儀では、良い部分もありますが、やはり、家族は参列者への気配りが中心で、落ち着かない状態です。

実際に干渉に浸れるのは、葬儀が終わってからではないでしょうか。

私も自分の親の時はそうでした。

でも、家族葬は、家族だけなので、家にいる様な感情を出せます。

また、家族だけなので、人への気配りは必要ありません。

いつもの日常に限りなく近い形で、行えるのが家族葬の良さではないのかなと思いました。

唯一のああすれば良かったと思ったのは、どうせ家族葬なので、BGMを故人の大好きな音楽をかけてあげれば良かったかなと思いました。

しんみりではなく、また会おうねっていう明るい故人の好きな曲をかけて、明るく送ってあげても良かったかなと今は思っています。

勿論、家族葬は、普通の葬儀とは違って、費用も抑えられます。

でも、費用だけではなく、手作り感を感じられる葬儀場だけど、家で葬儀をしている様な空気感、リラックス感を感じる事が出来ます。

本来、故人を送ると言うのは、こういう事なのではないかと思ったほどです。

今は高齢化です。

日本は長寿大国なので、長生きな高齢者も多いです。

だから、葬儀の度に呼ぶだけでも、また行くのも大変な労力です、ならば、尚の事、色んな意味で、家族葬と言うのは、今の時代に合っているのではないでしょうか。

40代女性、祖母を家族葬で見送る

私は40代の主婦です。

現在、夫と子供1人の三人家族です。

私の実父の母である私の祖母が94歳で亡くなったときの話です。

祖母は一人暮らしをしておりましたが、父の妹である私の叔母が祖母の家に通ったり、またデイサービスにお世話になりながら暮していました。

亡くなる日も、デイサービスにいっており、その施設で気分が悪いとのことで、救急搬送されました。

私の両親が病院に駆け付け、祖母の最期を見届けることになりました。

亡くなると、すぐに葬儀会社などを決めなくてはなりません。

また、あまり長くは病院にもいられませんので、手配に戸惑いました。

このときも両親が色々なことを準備していましたので、特に私の出番はありませんでした。

葬儀会社は決まりましたが、一度、祖母の家に帰ることとなりました。

大往生の94歳でしたので、叔母に相談の上、葬儀などは家族だけで行うことになりました。

その歳になると祖母の友達は他界されている方ばかりで、親戚は、我が家と叔母の家族のみですので、近所の町内会と老人会の方に連絡だけして、家族のみで見送るとお伝えしました。

その後、葬儀会社の方がみえて、湯灌などの準備となりました。

両親や叔母など家族だけで、ゆっくりと祖母との最期の時間を過ごすことができました。

本当によかったと思います。

最後の夜は、父は祖母の家に泊まり、きっと色々な話がができたのではないかと思います。

そして、葬儀も家族だけの近親者だけで執り行う家族葬でお別れしました。

参列者がいない分、十分な時間がとれ、父や叔母も他人に気を使わないで済んだと思います。

家族葬は、家族だけでお別れでき、本当に真心こもった葬儀だと思います。

ただ、普通の葬儀を行うにしても、祖母の歳からして参列者は少なかったと思いますが、祖母の葬儀を家族葬で執り行うというのは、祖母の遺言でもなく、残された家族が決めたことなので、祖母はどう思っているかな、これでよかったのかなと少々考えるところではあります。

可能であれば、両親など、これから自分が看取るであろう相手や自分自身も含め、どのような葬儀にしておきたいか確認しておければいいなと思いました。

38才 男性 バタバタ

4人兄弟の末っ子の30代後半、男性です。

既婚者で嫁と子供二人の4人家族です
家族葬にて見送りしたのは私の祖母です。

喪主は祖父が一応務めましたが90歳近くの高齢だった事もあり孫の私たちがフォローを行いました。

私の母方の母親になります。

母親は離婚しており
女3姉妹の長女なので、祖父母と一緒に介護で同居していましたので身の回りのお世話は全てやっていました。

しかし母親もあまり頼りない為、私を含め兄たちがほぼ仕切っておりました。

私は訳あって末っ子ですがこの家の跡継ぎとなってます。

ですので母親、祖父が頼りなかったので事実私が喪主を務めました。

最後の親族へのお礼も私がしゃべりました。

家族葬でしたが、祖母の兄弟がなんと11人兄弟だった為、何人かはお亡くなりになっていましたが、その周りの親族、知り合い等々合わせるとけっこうな人数になり、人がすごく集まりました。

お金にかかわる細かい打ち合わせは、母親が行い祖父に了解を取りながら
葬儀屋、お寺と話をすすめました。

49日がどうとか、お花がどうとか色々細かい打ち合わせをしておりました。

親戚一同があつまったので祖母にまつわる色々な昔話をしたので思いでが蘇りながらみんな涙している場面もありました。

温厚で人の悪口を決して口にしないので孫たちにも尊敬されていた立派な祖母でした。

よく働く祖母でずっと動きっぱなしで、常に孫たちの事を考えてくれる本当によくできた祖母でした。

最後のあいさつをすつ時私も我慢できなくなり涙をこらえきれず泣いてしまいました。

後悔した事は、やはりこの先自分自身も母親、祖父がなくなった時に細かな打ち合わせをしないと行けないので勉強の意味で
その内容を聞いておくべきでした。

現状はどうすればいいかさっぱりわかりません。

まあいざとなれば、葬儀屋が全て教えてくれるのでしょう。

あとは人が予想以上に集まったので料理をどれだけ頼んでいいのかわからず多めに頼みすぎてあまった事です。

とにかく時間の余裕がないままトントン拍子に決めないといけないので今のうちに少し知識を蓄えて置くことをお勧めします

20代男性 家族葬という選択肢

私の父は早くに他界していたため、祖父がなくなった際には20代で喪主となり
色々自分で決めなければいけまんせんでした。

祖母はまだ健在でしたが、高齢だったこともあり何をどうして良いかわからずに、
全てを私に任せると言われていました。

祖父は生前に互助会に加入していた経緯があることは知っていたため、まずはその葬儀社に連絡を
行い、葬儀をお願いする流れとなりました。

初めてのことであったため、自分でも何がよいのか。

何が一般的なのかなど全くわからなかったため
この地域での決まり事や宗派によっての違いなども細かく教えていただき、大まかな相場も
最初の段階で聞きました。

葬儀社の方が言われる説明を一通り聞くことで精いっぱいの状態でしたが、
こちらがいくらまでの予算かを伝えなければとんでもなく高額の葬儀費用になってしまう
事は何もわからないながらも感じたため、まずは祖母と話し合い
こちらが思っている金額やどんな葬儀を想定しているのかの希望をお伝えするようにしました。

その中で家族葬という選択肢があることを初めて知りました。

費用をおさえられる点がやはり
インパクトとしては非常に大きかったですが、盛大に送り出すというよりも
こじんまりとした葬儀にしたいという私達の要望に一番近かった点が決めてにもなりました。

家族葬で行う旨は新聞掲載しましたが、近親者のみのとりおこないとしていたので
参列者の人数をそれほど見込んでいませんでしたが、実際は予想以上に多くの方に参列いただきました。

こじんまりとした葬儀にしたいのであれば、葬儀をとりおこなった後に新聞掲載してもよかったと感じました。

葬儀は親族との最期の時間なので、あまり費用だけに囚われすぎてしまうのはよくないことは
無知ながらも感じました。

事前に色々情報があるとどのような葬儀が故人の望む形に近いのかを
決める判断材料になるので、少しずつ情報を集めておくことはやはり重要であることを実感しました。

今はネットである程度の情報を瞬時に調べることができるので、
隙間時間を使いちょこちょこ調べておくことをありきたりではありますが、お勧めします。

20代、女性 祖母の葬儀は家族葬にした

40代の子育て中の専業主婦です。

祖母が亡くなったのは、私が20代後半のことです。

もともと持病がありましたが、自分でなんでもこなすとても元気で、パワフルな祖母でした。

そんな祖母が年々少しずつですが、体力が落ちてきたように思っていました。

しかし、それでもどこにでも歩いて颯爽と出掛けていたのでそこまで調子が悪いとは思いませんでした。

しかし、少したった頃からだんだんとあまり出歩くことがなくなり、急に入院することになりました。

私達にはあまりいっていませんでしたが、体調が良くなかったようでした。

お見舞いに行くととても元気でしたし、本当にそこまで調子が悪いようにも見えなかったのです。

入院してから、少したった頃祖母が亡くなりました。

あとから聞くと、ギリギリまで入院しなかったようでした。

本人も入院したら帰れないような気がしたのかもしれません。

そのときは、ただ祖母の死がショックでした。

祖母の葬儀は家族葬でした。

家族だけで、しめやかに送ってあげれたと思います。

祖母との楽しかった思い出を、家族とゆっくり話できたように思います。

私は葬儀には少しトラウマと言うか嫌な思い出がありました。

ある葬儀に行ったとき、焼香の順番ですごく揉めていて、とても嫌な思いをしました。

ですので、そういう葬儀には絶対にしたくないと言う思うがありました。

もちろんたくさんの人に送ってもらえるのもいいと思いますが、揉めていたり、嫌な思いをするような葬儀はとてもいい気がしないと思います。

なので、家族葬は本当に故人を思う人ばかりで出来るのでとてもいいなと感じました。

葬儀てやたらと気を使うのも、嫌だし、故人のことだけを考えて送ることが出来るのは本当に良かったと思います。

祖母もきっと、家族に見守られての葬儀は良かったんじゃないかなと思います。

ただやはり、亡くなってからもっと祖母に何か出来たんじゃないかと、今も時々思い出し、後悔することがあります。

25歳女、祖父の葬式は家族葬で

私は25歳女性です。

私が家族葬を行ったのは今年の2月ごろでした。

母方の祖父が無くなり、初めて家族葬を経験いたしました。

母方の祖父は実家が新潟県にあり、祖母との結婚を機に新潟県から愛知県へ引っ越しをしてきました。

それから亡くなるまではずっと愛知県にいたので父方の兄弟など身内は新潟県のほうにおりました。

祖父の兄弟も年齢的にも愛知県までくることが難しいだろうということで母方の身内と家族のみで式を行うことにしました。

家族葬のイメージですが、行う前は細々と行って寂しい思いをさせてしまうかもしれないなとマイナスなイメージがあったのですが実際式場にいってかなり驚きました。

小規模な式場ではあるものの、とても綺麗でスタッフのかたもあたたかく接してくださいました。

式場内は20名ほどが座れる椅子、そして後ろ側にはまるでリビングのようなソファ・テレビ・ダイニングテーブル、小さなキッチンまでありすごくアットホームな雰囲気でした。

また、そばで眠れるように和室の部屋も用意されており当日は2名ほど宿泊をし祖父のそばにおりました。

トイレやシャワーも完備されているのですが、アメニティなども揃っており、いままで言った葬式場のなかでも一番綺麗で細かなところまで過ごしやすいように気が行き届いていました。

祖父も本当に大切な家族とゆっくり過ごす時間があり、家族も一人ひとりゆっくりと祖父との別れをできたと感じています。

大勢の人にお別れをしてもらう式はきと故人の方もさびしくは無いのかもしれないと思いますが、大切な人にたくさん時間をつかってあいさつができる家族葬は魅力的なのではないかなとおもいます。

また、家族葬の費用ですが一般的な葬式よりもかなり抑えられるため金額的にも良心的だなと感じております。

式場によっても変わってくるとは思いますが、環境も非常に過ごしやすいです。

ただ、駐車場がかなり狭い場所にあり、車が入らなかった時もあったのでそこは事前に確認をしておくと便利だとおもいました。

家族葬か、一般的な葬儀かはご家族で相談し、行うべきかなとおもいます。

49歳男 母が亡くなり家族葬をしました

福岡県に住むフリーランスおじさんです。

先日、実母が亡くなり家族葬で見送りました。

母は地元の病院の緩和ケア施設で亡くなったのですが、その前には葬儀社を決めていました。

地元の小さな葬儀社でしたが、予想に反して大変良かったです。

葬儀社というと、訳の分からない料金を次から次への上乗せしてぼったくるイメージがあったのですが、そんなことは全くなく、料金も良心的でした。

葬儀場は一軒家よりやや広いスペースで、出棺までの貸し切りでした(昔は飲食店だったのをリフォームしたとのこと)。

宿泊もできるようなっており、遠方だった兄の家族は一泊しました。

そして、驚いたのは直接打ち合わせに来られた社長が女性ということでした。

こちらも興味本位で尋ねてみると、業界にはいろいろ悪習があり、お客様本位の葬儀社にしたいとの願いで立ち上げたとの話でした。

葬儀場の中も女性ならではの細かい気配りがあり、故人が希望していた海洋散骨についても、丁寧にアドバイスしていただきました。

他のスタッフの方も良心的で、最後は火葬場でも細かく世話をしていただきました。

料金も家族葬は基本的に10万円と20万円のコースがあり、僧侶へのお布施などを含めても総費用が30万円程度で収まりました。

今回の葬儀は故人の意向で、子供と孫だけで行いましたが、弔問客への対応等に追われることもなく、ゆっくり見送ることができたのは何よりもよかったです。

火葬は午前中に終わり、近くのレストランで食事をしながら、きょうだいで今後のことを話して別れました。

最近、終活という言葉をよく耳にしますが、葬儀社の女性社長もすでに自身の終活を準備をしているとのことで、改めて早いうちにしておくべきだと感じました。

これまで何度か葬儀は経験しましたが、初めて好印象を感じた葬儀社でした。

一般的にも葬儀の単価は下がる傾向にあるといわれており、このような葬儀スタイル(家族葬)は広がっていくと思います。

35歳女性家族葬でよかった

私は、現在30代の主婦です。

私は、3姉妹の真ん中で、3つ上に姉と5コ下に妹と、父と母の5人家族で育ちました。

結婚して、地元を離れたので現在は、父と姉夫婦が同居しております。

今から、八年前私の母が亡くなった際の、家族葬についてお話したいと思います。

母は、亡くなる5年前くらいからうつ病を患っておりました。

病院にも行き、毎日うつ病の薬を何種類も飲んでいました。

ですが、突然ある日母は海に身を投げ、自殺をしてしまいました。

 前日に、普通に母といつものように、電話で軽くおしゃべりをして、だいじょうぶ?と気にかけていたつもりでした。

ですが、翌日、姉から電話が鳴り母が自殺したという知らせでした。

 私は、当時地元から飛行機でしか帰れないところに住んでおりましたので、連絡を受けた次の日に急いで帰りました。

自殺ということもあり、葬儀は家族のみで行うことをみんなで決めました。

病気や、不慮の事故などではなく、自分で自分の命を絶つかたちになってしまったので、家族葬にいたしました。

葬儀場の方に相談すると、しっかりと私たちの話を聞いてくれ、手早く手続きにはいってくださいました。

家族を失って、それだけで絶望、どうしたらいいのか全く考えられず、正直、なんにも考えられなかった私たちにとってほんとうに良くしていただいたとおもいます。

後悔していることは、家族葬を選んだのですが、あとあと、母の友人や知り合い、仕事場の人が家に来てくれるたんびに、最後のおわかれをしたかったといわれました。

今考えると、その方たちの気持ちもわかります。

きっと、みんな最後のお別れをしたいと本気で思ってくれていたのだと。

ですが、私たち家族にとっては、母が自殺するなんて本当に突然の事で受け入れることができなくて、どこかで信じたくなかったのだとおもいます。

家族だけで、ひっそりと本当に悲しかったです。

これから先、もし何かがまた怒ってしまったとき、家族葬というものがどういうものなのかわかったつもりですので、それでもいいのではないかなと思います。

56歳女幸薄かった伯母の家族葬は大変ささやかなものでした

50代後半 女  専業主婦  20代の子供と夫との3人家族です。

母の実妹に当たる、私にとっては伯母の葬儀をしました。

30代後半の息子が二人、離婚した夫がいましたが、人の縁が薄かったのでしょう。

伯母は一人暮らしでありました。

一応、息子二人には知らせましたが、通夜には来ませんでした。

元夫は、現在どこにいるのか消息不明です。

伯母の姉妹やその子供たちだけで家族葬をすることとなりました。

伯母は60歳という若さで逝きました。

長年の喫煙がもとで、無菌性肺炎をり患し、意識を失ってからあっという間にあの世に旅立ちました。

伯母には残されたお金はまったく無く、葬儀をあげる費用はとても賄えませんでしたので、血縁のあるものたちだけで、金銭を出し合い通夜と告別式を簡素ながらにも実施することとなりました。

伯母宅の近くにある葬儀社の一番小さな和室を借り、遺体を安置させてもらいます。

布団に寝かされた伯母の顔はずいぶん、やつれて痩せていましたが、お顔は、安らかな表情をして眠りこけています。

白い着物を着て、両手は胸のあたりでそっと結んでいました。

大変小さな人でもあったのでお棺がなかなか決まらず、告別式の朝にやっと入ることになりました。

ささやかな、祭壇の花と伯母の小さなお棺が、これまでの人生を物語っています。

告別式に出席したものは、伯母の姉妹5人と姪や甥を含め10数人だけです。

受け付け台らしきものも用意しましたが、当然、他にだれもきてくれるはずもありません。

告別式の読経が終わるころ、中年の男性が普段着の格好で2人入ってきました。

息子たちです。

何も言わず、後ろの席に静かに座ります。

じっと、彼らはうつむいていました。

読経が終わり、一人一人、線香をあげに祭壇の前に進みます。

伯母の息子たちも、祭壇に掲げられた伯母の一番美しかった若いころの写真にしばし見入り、静かに祈りをささげていました。

出棺のときがきました。

花々を伯母の棺に入れてやります。

むせび声がどこからともなく、聞こえてきます。

幸薄かった伯母がありがとうねと最期に私たちにささやいているように微笑んでいるようにみえます。

息子たちは一言も言葉を発しませんでした。

そのまま、棺は霊きゅう車に乗せられ、息子二人が乗り込んでいく姿が見えました。

37歳女夫の家族葬はいいものだと思う

私は現在主婦ですが、数年前に姉の夫が亡くなりました。

亡くなった方の地元ではなく、親戚知人も少なかったため家族葬で行うこととなりました。

家族葬とはいっても、本当に近い親戚や仲良くしていた知人などは葬儀に駆けつけてくれました。

葬儀の場所は旦那さんの家族が遠方だったことから、自宅の近くではなく、駅に近い都会の葬儀場でした。

自宅があるのは田舎の方なので、葬儀場というと大きなホールがあったり、大勢の人が集まるような場所を思い浮かべていたのですが、そこはこじんまりとしたアットホームな葬儀場でした。

お通夜の日は旦那さんの棺のそばで過ごしたり、泊まる場所もあってゆっくりと最後の時間をすごすことができました。

家族葬のいいところは悲しみでいっぱいいっぱいのところに重なる葬儀の心労が少しでも軽くなるところにあるのではないでしょうか。

実際、突然夫を亡くし、小さい子供を抱えてみたこともない人たちの相手をするのはかなり負担になります。

葬儀に来てくれる人がそうは思ってなくても、葬儀をする方は失礼のないように心をくだいたり、何かと気を使います。

家族葬ならば、ほとんどの人が見知った顔であり、亡くなった旦那さんの連れ添いである姉への心遣いもよかったようです。

一番悲しくて一番傍にいたい夜に、ゆっくりと過ごすことができたのは、とても良いことだったのではないかと思います。

まだ小さかった子供たちも、親戚や友人たちと過ごすことで極度のはりつめた雰囲気から遠ざけることができました。

近い間柄の人たちだけで過ごすことができてとてもよかったと思っています。

地元は田舎なので、家族葬というとまだ偏見の目でみられることがあります。

家族葬という言葉を聞くようになったのは最近です。

年よりになればなるほど家族葬なんてありえないといった偏見を持っていますが、大きな葬式ばかりがいい葬式だとは思いません。

まさに家族に寄り添う葬儀であり、深い悲しみを乗り越えるためにも家族葬はいいものだと思います。

47歳 男 家族葬、よかったですよ

私は40代の自営業を営んでいる者です。

先日、80を越えた父が急逝しましたため、お葬式を出すにあたって、家族葬を選択しました。

父は、少なくともなくなる状況でなかったため、お葬式の準備や検討など一切していませんでした。

ところが、先月の下旬、体調を崩したため病院に連れて行ったところ、取り敢えず入院加療の診断が出ました。

その後、あっというまに容態が悪化し、亡くなっていまいました。

病院で亡くなると、すぐに寝台車を手配するため、葬儀屋へ連絡しなければいけません。

葬儀屋へは、取り敢えず遺体の輸送をお願いし、葬儀自体の契約を後回しにしました。

その後、母と相談し、家族葬の決断をしました。

それも、近親者ですぐに来られる方のみで行いことを決定しました。

そうしたのは、母も高齢で葬儀で沢山の方の対応ができない事がまずありました。

色々な関係がありまして、関係者に連絡すると参列者がとても多くなるおそれがあって、葬儀の予算を考えると大変になることがありました。

さらに、父の関係者の方は高齢の方が多く、参列の手間が大変ということもあろました。

親戚も遠距離にいたり、高齢であったりとことらも急な対応が難しかったからです。

おまけに亡父はお葬式が大嫌いで、自分も参列するのが嫌な人でしたので、常々「葬式は要らん」と言っていたので、家族葬、それも極めて小さいものにしました。

小さい家族葬でもお金は結構掛りました。

特に夏場でしたので遺体の保存費用が掛りました。

それと祭壇なんかは小さくしましたが、花だけは豪華にとの母の言葉で、花にお金を掛けました。

というのも、誰にも知らせていないので、供花などがないからです。

しなしながら、万事恙なく無事終わりました。

参列者がいないと本当に楽なのです。

まず気を使わない。

時間が掛らない。

時間が自由に決めれる。

等々のメリットがありました。

正直、「少ない人しかいないお葬式はどないなん」と思っていた面もありましたが、やってみると非常に良かったと思います。

故人と最後の別れもたっぷりと時間がありましたので、式としてはよかったとおもいます。

今後の参考のためお伝えしますと、家族葬でも普通のお葬式でも費用は大きく変わる事はありません。

色々な葬儀屋さんも比較して、家族葬専門のところがあれば、そこを利用すると費用の節約はできると思います。

私の場合は普通の葬儀屋さんと個人的に関係があったので、多少の掛っても仕方がなかったのですが、それでも少しだけ安くなりました。

仏式の場合は、お寺の費用は別にいります。

これは家族葬でも変わりません。

お付き合いのあるお寺がある場合は今までの関係でお布施何かが決まると思います。

お寺と付き合いがない場合は紹介されるそうなので、費用面はどうか分かりません。

神式やキリスト教式は全く違うらしいと聞いていますが、別途何某かの費用は掛かります。

家族葬は簡素にすることも派手にすることもできます。

ただ、家族で送る事で整理がつく部分もありますから、何もしがらみがなければ家族葬でも構わないのではないでしょうか。

30歳女 父のための家族葬儀、心温まるものだった

私は、5年前に父を肺ガンで亡くしました。

当時、母からは軽い風邪を拗らせて、肺炎で入院していると聞いていたのですが、それもつかの間、状況は急変し、大きな病院で診てもらったところ、末期の肺ガンだったことが判明しました。

留学先から急遽、バタバタと帰国しましたが、私の到着からわずか2週間後、あっという間に父は亡くなってしまいました。

父は元々、気が短いというかせっかちな性格だったのですが、ちょうど還暦を迎えたばかりの60歳という若さ。

亡くなる時までこんなにせっかちに逝ってしまうなんて…と、思ったものです。

父が息を引き取ってから間もなく、仕事で間に合わなかった弟も駆けつけました。

母と父は離婚していたので、私たち姉弟が喪主となり、通夜から葬儀を行うこととなりました。

しかし、私たちとっては何もかもが初めての体験です。

父は対人関係が苦手な方で、友人はほとんどいませんでした。

祖母が9人兄弟ということもあり、父にはたくさんの従兄妹がいましたので、その従兄妹たちがいわば長年の親友のようなものでした。

そこで、私たちは母と叔父、祖母と話し合いの結果、家族葬を行うことに決めました。

私も、大勢が来るわけではないし、正直言って父には十分な貯えも全くなく、私たち兄弟は、予算10~20万円程の小さな小さな家族葬をと考えていました。

葬儀屋さんとの話し合いの席には、叔父と祖母も同席してくれました。

提灯や祭壇のレンタル、供養用の花代など、次から次へとカタログのページがめくられ、私も弟もどんどんと重なる項目に、請求は一体いくらになるのかと不安を覚えました。

祭壇や提灯は最低限のものにしようとなったのですが、棺を選ぶ際に、それまでジッと黙っていた祖母が口を開きました。

祖母は、棺だけは少しでもいいものにしてあげたいと提案したのです。

祖母は自分よりも先に逝ってしまった息子に、せめて旅立つときくらいは、盛大にしてあげたいと言いました。

そして着せるものも白装束ではなく、父がその年の正月に着たいと言っていた着物を着せてあげたいと。

私もすごく、その気持ちがわかりました。

予算がない分、一番安いもの、安いものと考えていたのですが、なんだかそれが心苦しかったのです。

祖母の唯一の要望に誰もが共感しました。

結局のところ、祖母がお花も、もっと大きいものを…と追加で色々と注文をしたので、予算は80万円と当初を大きく上回るものとなってしまいましたが、そこは叔父が、生前は弟に何もしてやれなかったからと、工面してくれることとなりました。

本来ならば、いい年の私たち姉弟が出す金額でしたが、みんなの気持ちが重なり、家族葬ではありましたが、多くの従兄妹や親戚たちが駆け付け、それなりにかたちとなりました。

私は知らなかったのですが、叔父が事前に葬儀屋の方に頼まれ、最後の出棺の時に流す曲として、生前父が好きだったものを教えてくださいと言われていたようで、松任谷由美の紙ヒコーキが流れました。

『空に憧れて~』という、歌のサビのところで私は、空に憧れ過ぎて早く飛び立ちすぎだよ、お父さん…と思いました。

22歳女、初めて参加したおばあちゃんの家族葬すごく良いものだった

今年の五月に、母方のおばあちゃんが亡くなったと知らせが入りました。

今年に入ってから何度も入退院を繰り返していたとは聞いていたので、会いに行こうと決めていた矢先のことでした。

明け方4時に私の兄から連絡があって、おばあちゃんが亡くなったと。

連絡があった日は月曜日で、その週の土曜日に会いに行くと予定していました。

おばあちゃん、必ずお葬式にはいくからね、ずっと会いに行けなくてごめんね。

私には二歳になる子供がいますが一度も会わせてあげることが出来ませんでした。

それが今でも心に残っています。

おばあちゃんは福島県で一人暮らしをしていました。

子供に当たる私の母や、その兄弟、孫は関東圏内に住んでいたので大きな葬式ではなく、家族のみ集まって葬儀をしようということになり、おばあちゃんのいる福島県に会いに行きました。

私は22歳で、身近な人のお葬式には経験したことが少なく、2歳の子連れでまだいうこともよく聞いてくれない年ごろなので不安でした。

家族葬のイメージもなく不安でしたが、実際に葬儀場につくと叔母や叔父と会え、よく来たね~と私たちを迎えてくれました。

葬儀場の二階に案内されて、おばあちゃんが寝ている部屋と待合室。

子供は初めてのおばあちゃんとの対面。

わかっているのかわかっていないのか、ばあばねんねしてるね。

とずっとわたしに伝えてきました。

おばあちゃん、会わせてあげられなくてごめんね。

私はそう声を掛けました。

実際に葬儀が始まると子供は想像通り、じっとしているわけもなく走り回ったり寝そべってみたり、、通常のお葬式ならば迷惑に思われる行為も気の知れた身内たちだったので申し訳ない気持ちも少し軽減されました。

子供は元気が一番よ、おとなしく頑張っていたわよ。

叔父も叔母も笑ってくれていました。

最初は子供がうるさくして迷惑かけたらどうしようかと思ってたけれど始まってみると気持ちも楽だったし、何よりもおばあちゃんとの距離が近くて自分の思っていた気持ちをきちんと伝えることが出来ました。

会いに来れなくてごめんね。

これからもお空から見守っててね。

身内だけで行う家族葬、もちろん涙もありましたが、おばあちゃんの周りに笑顔も届けられたいい葬儀になりました。

最近の葬儀は「家族葬」が増えているようです 男性、62

先般、とはいっても昨年の5月のことでしたが、義母(嫁さんの母)が91歳という高齢で亡くなりました。

 早速ながら当方、と入っても60歳過ぎた熟年の者ですが、喪主になって葬儀、葬式などを粛々と滞りなく済ませました。

 幸いにして嫁さんの実家というのは隣町の方で近所には葬儀会館、今で言うセレモニーホール、其れに昔からお世話になっているお寺やお住職さんもおりましたので、会館の係の方や和尚さんに相談して、お通夜から本葬、其れに火葬の処理も行い、更にはお寺さんに無事に埋葬も致しました。

其の際に、会館の係員の方が最近では「家族葬」が一般的だし、まして高齢者の女性だったら家族葬がぴったりかもしれません、と言われたので「じゃあ、それなりに宜しく」ということで、おまかせしてしまったのです。

 その後、通夜やから本葬まで会館で行いましたが、意外と大勢の方がお悔やみに出席されてくれて、結局は大勢の方がお見えになって葬儀費用の方もそれなりに掛かってしまいました。

 後で係員の方が言うには意外に費用がかかってしまったのは多数の方が参列に見えて、結局は家族葬で安く上げるつもりが一般葬なみに費用がかかってしまいましたねと、いうことになってしまったのです。

さて、其の家族葬ですが家族葬を行うにはそれなりの理由もあるでしょうが、やはり、何事も最近では簡素化、簡略化、単純化することが流行のようで、其れにあわせて費用の方も安価で済むということでしょう。

 ある新聞の広告などでも家族葬についての記事について掲載されていました。

 其れによりますと特に首都圏の生活は小さな家族単位になっている昨今では、葬儀、葬式などを行う場合も一般葬というのが次第に少なくでなって、逆に家族葬という簡素化された葬儀が増えてきているとのことでした。

 

確かに考えてみますと、家族葬は普通の葬式と比べてその費用を安く抑えることができるし、家族葬は極く身近な親籍、身内だけで行う葬式のため、参列者へ気を遣う引き物や礼状などを準備する必要はないですね。

 特に、熟年になった退職者は会社を離れると社葬のように形式ばった式を行う事は無く、其の点で自由な形で葬儀を行うことができるのですが、更に、近所や社会的な繋がりが無い場合は、必然的に「家族葬」になってしまいますね。

 

兎に角、最近の葬儀の傾向として、出来るだけ形の大きさや形式には拘らず、更に費用を出来るだけ抑えて故人を見送ることができるやりかたで、このようなところが家族葬が社会的に注目を集めている所以かも知れません。

24歳男、祖母が亡くなり家族葬でゆっくりと送っていけた

私は、1人の子供がいて妻と3人で暮らしている20代後半の男性です。

私の祖母が肺がんで亡くなり、その時のお葬式が家族葬でした。

私は20歳手前の時期だったので、なぜ家族葬にしたかとかは、その時は分かりませんでした。

私の母親の方の祖母だったので、母親と母親の兄弟と話し合って家族葬に決めたそうです。

後から知ったのですが、家族葬の方がお葬式の段取り等が比較的に楽なのと、金銭面でも家族葬の方が安いのと、後は身内だけでゆっくりと送って行きたかったからだと聞きました。

それと私の祖母の友人はその時にはほとんど亡くなっていたらしく、お葬式、お通夜に参列してくれる交友関係を持った人間もほとんどいなかったみたいです。

身内だけのお葬式なので、特にバタバタしてたという記憶はなくゆっくりと皆で昔話をして、時には笑いながら食事をしていた事を覚えています。

今考えると、お葬式の日にも笑えるのは少しすごいことだなと思います。

ゆっくりと自分の身内の人たちと昔ばなしをしていると、祖母との思い出がたくさん思い出してきました。

小さい頃遊んでもらってた記憶も思い出し少し寂しい気持ちが出てきました。

正直、亡くなった直後付近はあまり祖母が死んだという実感がわきませんでした。

ですので、あまり悲しいという気持ちはありませんでした。

ですが、身内の人たちと話しているうちにだんだんと実感がわき、悲しくなってきました。

お通夜が終わり、その日の夜中に1人で少し泣きました。

泣いているのはほかの人たちに見られたくなかったのでこっそりと泣き、1人ぼーっと考え込んでいました。

お葬式が始まり、うつむくままじっと考え込んでいました。

終盤になり、祖母が火葬された時私は我慢していた感情を抑えることが出来ず身内の人たちの前で号泣してしまいました。

泣かないでおこうと思っても泣いてしまいました。

今思い返せば、祖母の死に際に会えなかった事を後悔しています。

家族葬は、身内だけでするので本当にゆっくりと最期を送っていくことができたので私は良いお葬式だったと思います。

40代 女性 家族葬だからできたこと

私の父方の祖母が亡くなったとき、家族葬を行いました。

私には父・母そしてダウン症の妹がいます。

出席者は、祖母の子供たちの親族が主でした。

祖母は4人(戦死した方もいたので、正確には5人です)
子供を産んで育てたので、親族もそれなりに多かったです。

ただ身内だけなので、他のところよりは気楽でリラックスしてやれたように思います。

服装も本来なら、喪服で行います。

しかし親族で考えた結果なのか、必ず喪服ではなく黒い服装でOKということでした。

祖父の時は、交流があった友達や記者関係の人も招いたため、私の両親は世間体を気にしたのか、ダウン症の妹を出席させなかったのです。

しかし今回は家族葬ということで、出席させることになったのです。

親なりに、いろいろ本人に教えていたと思います。

それでも、行動を見ていて怒りというかあまりにも自分勝手すぎてどうなのかなと思った次第です。

お焼香するところでは、何もせずたっているだけ。

急にトイレにいきたいといったり、何か食べたいといい始める。

住職さんがお経を読んできいて、みんな静かにしてます。

そういう時に限って、母に話しかける。

2日間にかけてやったのですが、2日とも同じ行動をしてました。

おかげで、母はすごく大変そうでした。

ここで思ったのが、周りのことなど気にせず祖父の時のお葬式に出席させていけばよかったと思いました。

そうすれば、少しはどんな感じかということもわかったと思います。

黙ってなくてはいけないとき、手を合わせたいするときなどわからなければわからないなりに、周りをみてやるものです。

今思うと天国にいる祖父や祖母は、どう思っているのかなとたまに考えます。

自分たちにも言えるのですが、葬儀のマナーはけっこうあるんですよね。

だから出席するとわかったときから、自分なりに勉強して当日に備えることが必要だと思いました。

けれど祖母の昔話などきけたのも、嬉しかったです。

そういう話も家族葬だからこそ、遠慮なくできるように感じました。

当時50代女性 母の意向で家族葬を終えて

単身一人暮らし、母一人子一人で母は、老人ホームから
がん発症し総合病院で入院。

年齢と体力的な関係で
手術は不可、薬剤で進行を遅らせ
悪化を食い止めるといった主治医の治療方針で
本人の意思を尊重するものでは有りませんでした。

余命4ヶ月告知後、会員登録済みのNPO
法人葬儀セレモニー会社に家族葬予定で段取り依頼。

家族葬は、生前から私に伝えており
住居も引越したばかりで近隣との接点もほとんどない事もあり
身内だけで穏やかで速やかにと母の意思を受けたものでした。

セレモニー会社は、葬儀一切を担うものではなく、死後寝台車、葬儀会社「複数の葬儀会社で知名度の有る
葬儀社も多数」
ー以前親族が執り行った葬儀会社があり
手厚くスムーズだった事もあり
その葬儀社に決定

霊柩車、僧侶宗派で選択肢祭壇や花選び、安置時のドライアイスも季節気候、室温など一個ブロックで見積もりもし
及び希望する範囲内での葬儀費用
も厳密に打ち合わせ準備に掛かりました。

喪主の経験は初めてで、事前に他界した直後、清拭から
安置、通夜、告別式、荼毘に付し
初七日迄の流れも伝達頂き
不安もありましたが担当の方の配慮、気配り
丁寧な対応に救われた
その時に備えました。

反面、一刻でも命永らえてほしく
介護及び見舞う事も重要でした。

家族葬は、葬儀後の香典返しに
煩わしさ、その後の関わり方に
苦慮する事もなく
参列するにあたり義理的なものではなく
心底悔やみ愛おしむ事の出来る
心に通った葬儀でもありました。

通夜を終え、ほぼ身内が母の直ぐ傍で
明日お別れのその時まで
一緒に時を過ごせる事に嬉しくもありました。

但し、火葬場で荼毘に付す前後は
隣で大多数が棺桶を囲む光景が
目に入り、家族葬でごく僅か少人数で
骨拾いする場面では、寂しくもあり
大勢で見送り、骨を拾う場面は萎縮感も味わいました。

このNPO法人の葬儀会社は、透明性のある
より安価に納得いく葬儀費用をスローガンを
翳しており、大々的には周知がなされて居ないかも知れませんが
私もそう程遠くないその時の為、
子供達に少しでも負担が少なく
今回の母の時のように
寄り添って満足のいくセレモニーで
有りたいと思っています。

44歳、女性 伯父の家族葬

44歳、女、会社員です。

私の家族、ではなく、親族の話なのですが、先日、私の伯父が亡くなった時の話です。

伯父の家族は伯父の奥様(私から見て伯母)、娘二人(私から見て従姉と従妹)の4人です。

伯父は早期退職してから亡くなるまでのおよそ25年間、再就職をするでもなく、ただただ家にいるという生活をしていました。

元気な時には自分だけの趣味にも勤しんでいたようですが、それも近年は身体がいう事を聞かず、日がな一日、家で過ごしていたようです。

当然、伯父からの収入は見込めず、25年前の退職金は既に使い切っており、夫婦の年金と伯母のパートでの微々たる収入、それに加え、昔、羽振りが良かった頃の癖みたいなものでしょうか、特に質素倹約に努める風でもなく、おそらくですが収入と支出のバランスがうまく取れていなかったのだと思います。

伯父が亡くなるちょっと前から「葬式をどうするか?」ということが話題にのぼるようになりました。

「どうするか?」とはつまり、お金をかけたくないから、もしくはお金がないからという言い分で、そもそも「する」か「しない」か、から話合いがスタートしたのです。

そこで、さすがに通夜葬式くらいはちゃんとしようということで、「家族葬」という選択がすぐにされました。

家族仲があまり良くなかったこともありますが、親族以外、誰とどういう付合いを伯父がしていて、誰にどのように訃報を入れたらいいのかというのを誰も把握していなかったのです。

だからこそ、誰にも気を使わなくてよい(よさそうに見える)家族葬を選びました。

結論を言うと、結果、伯父の場合は大失敗でした。

予算の問題と交友関係がわからない、というだけで家族葬を選んでしまったのがそもそも間違いだったのだと思いますが、とはいえ、そこそこ料金はかかります。

そして、前述したように、ここは家族仲が良くないのです。

仲の悪い家族だけで送ろうとすることが、どれほど不毛な事か、という印象しか残らないものになってしまいました。

後日。

伯父は友人知人たちからかなり慕われていたらしく、逝去を知った人たちがひっきりなしに自宅に弔問に訪れたそうです。

その対応もかなり大変だったらしく、安い、というだけで選ぶべきではなかったと、今になって従兄妹たちも話しています。

他人であっても、本当に気持ちのある人たちに送ってもらった方が、伯父もきっと幸せだったろうにと思うと、居たたまれない気持ちになります。

48歳女、義父が亡くなり家族葬に、静かな別れ

48歳の専業主婦です。

2017年3月に義父が亡くなり家族葬を行いました。

死因は病気で、癌でした。

お酒が大好きでヘビースモーカー、ごはんはいらないから酒をくれというタイプで、休みの日になると朝からお酒を飲んでいる人でした。

お酒を飲み始めると絡み酒になるのですが、シラフの時はとても気遣いのできる優しい人で、私の兄が新聞に載るような傷害事件を起こした時も、親戚中から責められて離婚も覚悟しましたが「嫁はもううちの者やから」と言って守ってくれました。

自分の父と同じくらい大好きな義父でしたが、病院嫌いだったので腹部の痛みを訴えるたびに心配していました。

いくら勧めても病院には行かずに薬を飲んでやり過ごすだけだったからです。

それでも会社での定期的な検診はあったので「異常なしやった」と言う言葉をずっと信じていました。

でも、ある日とうとう薬では抑えられない腹部の痛みを訴えて夫と一緒に救急病院に連れて行くと、医師は「このまま入院してください」と言って、すい臓がんであるということ、全身に転移していて余命は数ヶ月だと言うことを聞かされました。

とてもショックで悲しかったのですが、夫と義母と3人で悔いなく義父を看取ろうと決めました。

毎日義父の病室を訪ねて一緒に時間を過ごして、帰れば少しずつ父の持ち物を整理して、その時を迎えました。

義父が入院してから1ヶ月と数日後のことでした。

父は生前「最後は家族だけで送ってほしいなあ」と言っていました。

ちょうど私の幼馴染みが葬儀屋をしていたので、そのことを伝えると「わかった、こっちで段取りしたる」と言ってくれて、自宅の和室に布団を敷いて、そこに義父を寝かせてくれました。

その前に小さな白木の壇を置いてくれて線香を焚いてくれました。

父に兄弟はおらず、親戚達は私の兄の件があってから疎遠になっていたので、義母と夫と私と娘夫婦だけで葬儀を行いました。

幼馴染みの手配してくれた僧侶が来てお経をあげると、あとは家族だけになりました。

寂しさはありませんでした。

食事をしながら、まるで眠っているような義父の様子を見ながら思い出話をしました。

義母が話してくれるのは出会った時のエピソードや夫婦喧嘩をした時のこと、夫も「あの時は酷かったな」と同調して泣き笑いでした。

とてもくつろいだ通夜。

そして翌日には幼馴染みが棺を運び入れてくれて、そこに義父を入れて火葬場に運びました。

静かで穏やかな別れの時間でした。

家族葬というのは初めてでしたが、他人がいないので気を遣うこともなく、心を込めた密度の濃い葬儀にできました。

家族葬は世間体を考えて敬遠する人がまだまだ多いと思いますが、私も死んだ時はこんなふうに送り出してほしいなと思えるくらいよい家族葬でした。

48歳女性 家族葬は意外と気楽に選んではいけません

40代の女性です。

私の両親は二人とも既に他界しており、私は結婚して実家を出ていて、今は独身の兄一人が実家に暮らしています。

母がまず10年以上前に亡くなり、その時は普通の葬儀で行いました。

母親が若かったこともあり、参列者が多く、お香典も沢山頂きました。

大きな会場で行うので、当然事前の連絡や葬儀進行の打合せやら準備がとても大変だったという記憶がありました。

父親が他界したのは3年前ですが、今度は兄が喪主となり、私達子供が主体になって葬儀を行わなければならない事、父も退職して十数年たっており現役の時ほど他人とのおつきあいも密ではない事、両親の親交のある方々が詳しく分からない事等から家族葬という選択になりました。

そこに至るまでは、大きな葬儀場で送ってあげない事への罪悪感も多少ありましたが、母の時の大変さ、子の代になって行う葬儀なので私達が良いと思える葬儀、費用面も抑えられる等考えた結果でした。

実際、葬儀を終えてみての感想は、新しい形式の葬儀はそれはそれでとても大変だったという事です。

比較的古い地域にある実家はお隣近所、お年寄りがまだ多くいて、家族葬にされては自分達が最後を見送る場がない、以前に香典を頂いたからお返しする時がない等の不満が出てくるのです。

結局、葬儀とは別の日にお香典をもってお線香をあげに来ていただくことになり、それ用に香典返しの準備も必要になり…と二度手間になりました。

また、田舎の場合は地元の新聞等に通常、葬儀の日程のお知らせを載せることが多く、それをみて参列してくださるのですが、家族葬はそのようなお知らせをしない為、亡くなった事すら知らず、かなり時期が外れてからお線香をあげに来られる方も多くいらっしゃいました。

その部分は家族葬にしてしまい、一番後悔した点でもあります。

費用面も、家族葬だからと言ってとても安いわけではありません。

一連の最低限の費用は何十万と掛かりますし、参列者が少ない分、お香典も少ないので、支払で足りない分は自分達が支払わなくてはなりません。

あまりご近所付き合いのうるさくない地域にお住まいで、亡くなられた方の希望であったり、亡くなられた事をお伝えする人が多くない場合は、家族葬でお見送りしてあげるのが良いと思います。

37歳 女 お世話になった方の家族葬に参列しました

37歳です。

私が参列した家族葬は、自分の家族ではありません。

血も繋がっていませんが、小さい頃から本当にお世話になってきた方の葬儀でそれが家族葬で参列させていただきました。

亡くなった後は、故人の自宅に何度もお邪魔していて、癌で他界したのですが、癌と言うのを分かっていてエンディングノートもしっかり記されている方でした。

家族葬を希望し、呼んでほしい人の欄に私の名前がありました。

エンディングノートがなくても、絶対にお別れには行きたいと思っていました。

しかし、家族葬になると、血がつながっていないと、正直行っていいものなのかと、考えてしまいますよね。

遺族の方に聞いても、きっと迷惑になると思いますし。

家族葬って、本当に自分のことを考えている方たちだけに見送られたい、残った家族にも苦労をかけたくないという方が取り行うものだと思うので。

血のつながりがない私が、参列してしまうと、いくらこっちの気持ちが見送りたいと希望していても、それが迷惑になってしまうこともあるので、嫌な意味だけではなく、遺族が来た人に気を使ってしまってという意味もあり。

その方の子供、孫と友人が5人ほど来ての家族葬でした。

葬儀というと、暗いイメージばかりでしたけど、温かさというのも感じられる葬儀で、みんなで大事な人を見送る、心の底からの「ありがとう」を言って見送れる葬儀でしたので、心に残るものとなりました。

そんなことあったの?みたいなびっくりするような話も飛びだすこともなく、みんなが故人についてこういう人柄でこういうこともあったよね~みたない和やかな時間の流れで、それも参列している、残された人だけが作るのではなく、最後に故人が作ってくれた時間だなと感じました。

通夜もなく、家族葬だけでしたが、故人の好きな食べ物をみんなで食事をしたのも良い思い出です。

一般葬ですと、それがなかなか出来ずに、食事もまかせっきりになってしまうのですが、家族葬だとそれが出来るので、そういうのもいいなと思いました。

91歳でなくなった伯母、自分の最期をきちんとしていった 天晴!

 はじめまして。

50代後半女性です。

3年ほど前に、父の姉…伯母の家族葬に参列しました。

家族葬なので、とても小さな部屋でこじんまりとしていてびっくりしました。

 なぜ、そんなにこじんまりとしていたかというと、本当に伯母の兄弟姉妹だけで、あとはだれも参列しなかったからです。

 伯母とは40年以上音信不通でした。

実は、あまりよくない話ですが、叔母は不倫の末、略奪婚ををした人で、叔母の父親(私からすると祖父)から勘当されてしまっていたからです。

今でこそ、良くはないけど不倫とか再婚とかありますが、40年以上前だと、珍しいし、世間への顔向けができないということで、祖父は勘当してしまったようです。

しかし、40年以上、実家に一切連絡を入れず、一人で最期まで生きた叔母は粋でとても素敵な人だったと思います。

不倫のうえ略奪婚に関しては、褒められたことではないですが、幼いころの私たちにとても優しかった伯母です。

亡くなったという知らせを受けて、父と私は飛んでいきました。

 なぜ、今まで音信不通だったのに、連絡が入ったのかというと、亡くなる3か月前くらいに、末期の肺がんで病院に入院することになり、保証人が必要になったようです。

連れ合いは、10年くらい前に亡くなっていて、独りぼっちだった叔母は気丈にも一人でしっかり生活していたようですが、入院に際して、保証人が必要だったことと、多分最期は兄弟の誰かに知らせたかったんだと思います。

 それで、一番下の弟のところに連絡が入り、保証人のお願いと、自分の葬儀と家の始末を頼んだようです。

それも、しっかり貯金がしてあり、弟に迷惑が掛からないようにしてありました。

 しかし、最後まで約束は守るという信念があったようで、生きている間は他の兄弟には知らせないでくれといっていたようです。

 葬儀に出て、顔を見たら、昔のままの優しい顔でした。

参列者は、本当に身内だけで少なかったですが、父も父の兄弟たちも行方不明だった叔母と最後に顔を合わせることができて幸せだったようです。

後悔することがあるとすれば、祖父母がなくなった時点で、早めに伯母を探していれば、ゆっくり話す時間がとれたのに…とは思います。

 自分のしたことにけじめをつけて最期まで一人で生き抜いたこと。

自分の葬儀などすべて取り仕切れるだけのお金をきちんと残していったこと。

天晴な女性でした。

 家族葬は、人数が少なくても、その人を思う気持ちは大きなものがあるので、小規模でもしっかりと気持ちを届けて、最期を見送りましょう!
 あと自分が死ぬときには、やはりみんなに迷惑をかけないように段取りをしていきたいと思いました。

49歳女 心温まる家族葬でした

父が亡くなった6年前家族葬をしました。

家族葬にすることは弟と母が決めて私は後からそのことを聞きましたが、こぢんまりとした中にも温かさを感じるとても良いお葬式になりました。

家族葬という言葉を聞いたのはその時がはじめて。

今までたくさんのお葬式に行きましたが家族葬は父だけです。

父のお葬式以外は大きな会場を借りてたくさん参列者が居て・・・私はお葬式はそういうものだと思っていたのです。

だからお葬式に違和感を持っていました。

あまり付き合いがない人が参列することに誰も違和感を感じないのだろうか・・・近所に住んでいるということだけで挨拶程度の付き合いなのに参列している人たちを見て、私はこれでは亡くなった人が気を遣うんじゃないかと思っていたんです。

もし私が死んで私の葬式に挨拶程度の関係の人たちが来ていたとしたら恐縮してしまいます。

それでもお葬式とはこういうものだと思うようにしていたんですが、父のお葬式が家族葬ということでこれまでと大きく異なるお葬式になるんじゃないかとドキドキしていました。

あまりにも簡素だったらどうしようとそういうドキドキです。

しかし、予想外に父の家族葬はとても心温まるものでした。

会場はこぢんまりとしていましたがとてもキレイで職員も感じが良かったのです。

施設の雰囲気に冷たさはなくシャワーが自由に使えたし泊まることも出来ました。

父と最後の夜を過ごすことが出来たのが嬉しかったですね。

部屋にはテレビやテーブル雑誌など一般家庭にあるようなものが置かれていてテレビにはゲームがありました。

私たち家族はそのゲームで遊んだりして父が棺の中で寝ている同じ部屋の中で不思議なくらい心穏やかに過ごすことが出来たのです。

集まってくれた人は親戚と父の友人、それから近所で仲が良かった人たち。

昔からなじみのある人たちが父に会いに来てくれて父も嬉しかったと思います。

気を遣う人が居なくてそれが家族葬の良いところだと思いました。

53歳男、父が急逝し家族葬に、とてもいい葬儀でした

53歳の会社員(男)です。

妻と二人暮らし、子供はおりません。

両親とは離れて暮らしていました。

昨年の暮れに父が急逝し、家族葬を執り行いました。

父は生前より、葬儀等を行わないように、親戚にはすべて終わってから、はがきで連絡でよいと言っておりました。

両親は互助会に入っており、父が亡くなってからは葬儀社の担当の方に遺体の引き取りをお願いし、その後の葬儀についてもお任せしようかと簡単に考えいていましたが、友人から話には聞いていましたが、祭壇、お棺、飾りの花等、遺族となる私どもが決めなければいけないことが多く大変でした。

また、葬儀社に丸投げとなると通夜から葬儀まで、それこそ20~30項目ぐらいの選択が必要になり大変なことになりそうでした、その時母に「生前お父さんは、死者が残された者に迷惑をかけるわけにはいかない、火葬だけして後は任せる。

」と言っていたよ。

と言われ確かに子供のころから父は、「俺は無宗教だから葬式は必要ない。

」と言っていたことを思い出し、葬儀社の方と相談し家族葬という形をとりました。

生前の父の希望通り、戒名もなし、読経もなし集まるのは母と私と妻、姉夫婦と姪が二人だけというものでした。

また家族だけなので喪服もやめ、普段着でということにしました。

私に至ってはジーンズの上に黒のパーカー(背中に刺繍入り)という恰好でした。

葬儀を行わないため、家族での食事会を祭壇の前で行わせてもらい、その席で子供のころからの父との思い出を語り合い、笑いの絶えない会食となりました。

火葬場では、他のご遺族からとても浮いた集団になっていたことを覚えています。

葬儀を最後まで担当していただいた葬儀社の方から、長い間この仕事をしていて色々な葬儀に立ち会ってきたが、とても暖かく笑いが絶えず故人との絆を実感できるいいお葬式で、形だけではないことを改めて勉強させていただいた、と言われました。

今回、家族葬を行うこと決断しましたが、私の家族らしくとてもいい葬式だった思っています。

家族葬をお考えの方に、親戚との折り合いをどう考えるか難しいところもあるかと思います。

ご家族が亡くなられると色々沢山の思いもしない作業が発生しますが、一度深呼吸し落ち着いて、亡くなられた方との思い出を思い返し、ご遺族で一番良い形を考え行えば、あとは周りからの声は気にしなくていいと思います。

こればかりは正解はないものと思います。

残された家族と故人の思いが一番です。

40歳女 父のお葬式は家族葬を選びました

私の父が亡くなったのは、今から3年前になります。

長い闘病生活の後に眠るように天国に旅立ちました。

父は生前からお葬式はシンプルなものがいいと希望していました。

昔から人付き合いが良く友人や近所の方だけでなく、勤めていた会社の方など歳を重ねても多くの方と交流があった父です。

そんな人柄の良い父でありながら、最後は家族だけで送って欲しいと希望していました。

そんな父の願いを叶えるために私達家族が選んだのが家族葬でした。

実際に家族葬を葬儀会社に依頼するまで、どんなものなのかわかりませんでした。

葬儀会社の方から話を聞いてみると家族や親しい方だけを呼ぶ小さなお葬式のスタイルだそうです。

話を聞けば聞くほど父の希望していたお葬式のスタイルに合っていると思いました。

もちろん宗教に関係なく行えるので、故人の希望に合わせてお葬式を執り行えるのもメリットだと感じています。

父のために用意した家族葬は、家族や親戚などを合わせても約10名ほどの人を呼ぶシンプルなものです。

参列する人が少ない分、とても温かくゆっくりと父を送ってあげることができました。

前日には、通常のお葬式と同じようにお通夜も行いました。

当日の告別式を行った後に火葬をしましたが、家族も親戚も心置きなく父とお別れできたと思っています。

シンプルなお葬式のスタイルなため、費用もリーズナブルでした。

従来のお葬式を行うとなると高額な費用がかかってしまい経済的な負担を感じてしまうこともあるかもしれません。

しかし、家族葬は費用が大変リーズナブルなので、お金の心配をすることがなかった点も安心して葬儀会社に依頼できた理由の一つです。

現在、様々なスタイルのお葬式がありますが、我が家は父の希望通り家族や親戚のみで執り行ったことは正解だったと思っています。

実際に家族葬を行ってみて心が温かくなるようなものだったと今思い出しても涙が溢れてきます。

きっと天国にいる父も希望通りのお葬式になり、喜んでいると思います。

28歳女 義父が亡くなり家族葬に 良かったけれど予想外も

はじめまして、F県に在住する20代主婦です。

私には16歳年上の夫と4歳の子どもが1人おります。

半年前、夫の父親が急逝致しました。

早朝に義母から夫へ、義父が救急車で運ばれたと連絡を受け病院に向かったのですが残念ながら意識も戻ることなく亡くなってしまいました。

前日まで元気に過ごしており、週末には大好きな孫(私の息子)と楽しく遊ぶ予定も立てていたほど、急でした。

動揺のまま、葬儀社と打ち合わせをし、通夜から告別式の流れまで私が決めました。

義母から、「以前から家族葬がいいとお父さんも言っていた」と聞き、家族葬の方向で進めることになりました。

家族葬に向いている小さめの会場を予約し、檀家になっている寺社にお経等を依頼しました。

家族葬とのことで、夫の職場には花や供物を自粛して頂き礼拝も遠慮してほしいと通知をしました。

会場も狭いので。

新聞のお悔やみ欄の所は、家族葬であれば必要がないと言われたのですが、一応載せることとなりました。

通夜は親族が集まり、順調に進みました。

見知った人ばかりなので安心して、通夜ぶるまいや火葬の席ではテーブルを回らなくても大丈夫なところが今となっては良かったと思います。

しかし、告別式はうって変わって倍以上の人数が集まってしまい、受付横で来場者に挨拶をしながら家族皆でハラハラすることになってしまいました。

家族葬用の会場はコンパクトなので、すぐに椅子が足りなくなり、斎場の人に頼んで椅子を足していってもらいました。

後ろの席では狭く・見づらい状態になってしまい大変申し訳ない気持ちになりました。

お悔やみ欄に載せたことにより、義父の過去就業していた会社の同僚や部下などがいらしてしまった為でした。

たくさん来て頂いたので、金銭面ではとても助かりましたが、狭い思いをさせてしまいました。

また、夫の職場には花・供物を遠慮してほしいと連絡しましたが、夫の弟には伝え遅れてしまった為、夫の弟・その妻からの職場から花と供物がたくさん届いてしまい、会場がより狭くなってしまいました。

そして、告別式後の精進揚げでは席も足りず、家族と一部の親族は別の控室で食事を取ることになってしまいました。

家族葬は、見知った人たちだけで気も張らず、故人を偲べるとてもよい送り方だと思います。

が、経験して後悔したことは、家族葬にしてほしいと言っていた義父の想いに果たして添えたのかというところです。

結構賑やかになってしまったので。

家族葬にするならば、家族親族以外には礼拝や花・供物を遠慮してもらうことをきちんと言えるかどうか、斎場の大きさをきちんと確認しておくことなどが大事だと思います。

斎場は普段の生活であまり馴染みがありませんが、今は色んな場所で色んなプランがあるので、知識として近所のだけでもサイト等で確認しておくといいかもしれません。

33歳女性 見送るのは家族で十分

30代女性です。

今春に祖母を見送った際に家族葬を利用しました。

祖母は祖父に先立たれてから10年ほど経過していました。

祖母は認知症を患っていたため亡くなる最後の方は近隣家族との付き合いと福祉施設のヘルパーさんとのやりとりだけだったと思います。

認知症になって8年ほど経過していたため友人や近所の人のことはもう見ても思い出せないようでした。

祖母が亡くなった際は親族以外に葬儀に呼ぶ必要はないのではと考えて、小規模の家族葬を選択しました。

葬儀は親族20名ほどで執り行いました。

家族葬は祖父の時と同じ葬儀会社さんにお願いをしました。

お通夜の翌日に告別式を行いました。

お通夜から、翌日の告別式までは親族で同じ宿泊施設に泊まりました。

CMなどで「さようならがあたたかい」など聞いたことがありましたが、まさにそのような印象でした。

棺に入った祖母を20人ほどの親族で囲んで「おばあちゃん綺麗なお顔だね」、「好きだったお花に囲まれてうれしそうだね」と話しながら、みんなでお別れのあいさつをしました。

家族葬のいいところは、喪主となる人が余計な気疲れをしなくて済むという点です。

親戚以外の人を呼んで葬儀になると、正直お顔のわからない方、つながりがわからない方がいらして、対応に追われることがあります。

お香典を受け取ればお返しの準備も必要になります。

食事の準備や会場スタッフの増員などお金の問題もでてきます。

故人を直接知らない人が会場にあふれるよりも、一緒に暮らしたことのある人たちで見送る方がずっと温かいと感じました。

また親族が久しぶりに再会して同じ宿泊施設に泊まったことで、久しぶりに集まることのできた喜びを感じました。

葬儀に参加した小さな子供たちは、みんなで旅行に来たような気分が味わえたようでした。

私の祖母は認知症だったためいつかお迎えが来てしまうことは覚悟していました。

祖母のように、周りの家族が心の準備ができているのであれば家族葬で十分なのではないかと感じました。

家族葬を通じて疎遠だった親族とも再開ができて温かい時間を共有することができました。

54歳女 想い出に残るような父の家族葬

50代の主婦です。

娘が一人います。

もう5年くらい前の話ですが、父が亡くなりました。

父が亡くなる前の晩年は壮絶なものでした。

自営をやっていた
父の仕事は、不況のあおりで経営破綻。

借金をして建てた仕事場兼自宅も手放すことになり家族も崩壊しました。

母も離婚とまではいかないけれど、10年は別居生活になりました
時折、父と会うことはあっても、一緒には住めなかったそうです。

その父が病に倒れ、病院へ入院。

末期のガンでした。

母は今までの償いのように毎日、自分も身体の調子が悪いけれど病院へ通い続けました。

私も時折、娘と共に病院へ行っていました。

父は元気そうだったけど、2ヶ月で亡くなりました。

生前父は俺が死んだら派手な葬式がいいなと言っていましたが
そんなお金の余裕も私達にはありませんでした。

葬儀社を探した結果、家蔵葬になり手配をお願いしました。

その葬儀社の一室を借りて、祭壇も無償で貸していただき
飲食も、祭壇に飾る花も持ち込みで、お坊さんも呼ばなかった。

その代わり、般若心経のテープを流してくれました。

写真も生前の父の写真を引き伸ばし、額縁に入れて設置。

本当にお金がかけれなくて申し訳ないけど、
久しぶりに家族全員集まって色々話したり、遺体の父と共に写真を撮ったり、やりたい放題にしていましたが、家族だけなので
何の気兼ねもなくゆっくり出来て、派手な葬式ではないけれど
父の望む賑やかな葬儀が出来たと今でも懐かしい記憶に残っています。

あのとき、こちらの私事情を考慮してくれて、ずいぶん配慮していただけた葬儀社の方には本当に感謝しています。

色々と最後まで問題を起こしてくれた父だけど、
家族だけで父の悪口を言いながら、昔の話などで盛り上がって
賑やかに過ごせれた葬儀なんて滅多にないと思います。

父も最後に家族皆が集まれて良かったんじゃないかなと
勝手に思っています。

家族葬にして良かった。

余談ですが、その翌年、祖母が亡くなり、同じ葬儀社で行ったので、スタッフの方に「あっ、お久しぶりです」と言われたのは笑えました。

なじみの葬儀社かよと突っ込み満載でした。

38歳男 突然の家族葬体験

 こんにちわ。

現在38歳の男性です。

求職をしている無職者というのが、私の今をより正確に現わしているかと思います。

働いてお金を得て自分の人生を自分の力で生きている、世間で一般的にそういう見方をされそうな生き方をしたいのですが、たかが就職が私にとってなかなか難しいことになってしまっています。

 家族葬というのをご存じでしょうか。

大体文字から察することは出来るかと思いますが、葬式を家族などの近親者のみでとり行う葬式の形態のことのようです。

私は、葬式に限らず結婚式や法事などのしきたりという類のことについて疎いです。

 しかし、世の中どう転ぶか本当に分からないもので、突然、私も家族葬というものを体験することになってしまいました。

それは、今から約1年前に私の父が他界した為です。

当時の父の年齢は60代半ばであり、まだまだその時期はないだろうとどこかで思っていました。

ガンが再発していたので、体の状態は良くなかったのでしょうが、大丈夫そうに振舞っていたこともあって、私は亡くなる程とは思っていませんでした。

 亡くなった後は大変の一言です。

その最初の一歩が葬式選びです。

深夜の時間に息を引き取ったこともあって、葬儀屋を選ぶ時間も深夜になりました。

そして、選んだ葬儀屋が深夜にきて、どういう葬式を行いたいかを提案・案内してくれました。

チンプンカンプンの葬式のことを説明されて、私にはどういうことなのかよく分かりませんでしたが、結局、母が家族葬でシンプルな葬儀を行うことを決定しました。

 私にもそれまでに何度か葬式に参加した経験がありましたが、それらの葬式経験とは全く異なる葬式となりました。

近親者のみが参加する葬式なので、以前に参加経験のある葬式とは盛大さみたいのものはかけていたように思います。

しかし、体もへとへとに疲れている状態でもあったので、ひっそりとした中での葬式であったのは、心身の負担が楽になる側面があったのも事実です。

 今は気持ちも落ち着きを取り戻していますが、やはり葬式を行うというのは大変で疲れます。

家族葬が良いかどうかは人それぞれ違うかと思うので、特におすすめの葬儀形態だとは言えないかと思います。

それよりも、事前に亡くなった後どうするかを準備しておいた方が良いということは言えます。

葬式の場合、事の前に準備するというのは何か良くないことの様に思われるでしょうが、実際に事後対応ではとても大変だったというのが私の感想です。

50代女性、叔母の家族葬がそうではなくなりました

50代の主婦ですが、当時はパートとして忙しく働いていました。

一人暮らしをしていた、叔母が亡くなり子供がいなかったので、葬儀を親族だけで行う家族葬の形にしました。

そのため、叔母の知人には知らせずにお通夜の準備などをしていましたが、叔母が亡くなったことをどこから聞いた知人が駆けつけてくれ家族葬のはずがお通夜から多くの人が参列に訪れてくれました。

しかも、みんな香典を持って来てくれたため急いで葬儀社の人に頼んで香典返しを用意するという結果になりました。

叔母の死を悼んで来てくれた人には、感謝していますが家族葬を予定していたので何だか思っていたのと違う感じになってしまいました。

本当は、家族だけで叔母とのお別れをするつもりでしたが家族葬であることを来てくれた人に言うのも何だか悪いような雰囲気になり結果的には、普通の葬儀とあまり変わらないものになりました。

そのため、参列してくれる人に対応しなくてはならなくなり、親族は疲れているのに休むことも出来なくなってしまいました。

今思えば、家族葬であることを最初に来てくれた人に伝えて香典も辞退するべきだったと後悔しています。

しかし、年配の人の中には家族葬に対して偏見を持っている人もいてなかなか言い出せませんでした。

叔母とゆっくりお別れをするつもりだったのが、参列者の対応に追われて家族葬でありながらゆっくりとお別れが出来なかったのはとても後悔しています。

しかし、叔母を慕ってくれる人に見送られたと思えばあれで良かったのではないかと思ったりします。

これから家族葬を行う人は、最初から家族だけで行うという意思をはっきりと持って来てくれた人にもそのことをはっきりと伝えることが大切だと思います。

そうでなければ、せっかくの家族だけのお別れの場がそうではなくなってしまうからです。

町内の回覧板などで、葬儀の日程を知らせることが出来る場合には家族葬であることをしっかりと伝えるべきです。

45歳主婦 家族葬のアラカルト

45歳主婦です。

8年くらい前に母を癌で亡くしました。

その時に経験した家族葬についてお話しさせていただきます。

喪主は父でした。

母は癌にかかってから、まだそんなに状態が重くない頃から葬式について父と相談していたようで、もともと病気をする前から、明るくそういった話題は家族の中であげてはいたものの、実際に目の前に死が立ちはだかった時からの意識はそれと全然違っていました。

家族葬とはいえ、本当に近しいというか私達家族と母の親(祖母が存命中でした)と姉だけ、という従兄弟や甥はバッサリ切ると言った激しい?家族葬でした。

その人たちとは特に仲が悪かったわけではなく、というよりむしろ仲の良い人たちでしたので、母の言い分としては「忙しくしている人たちに時間を割いて来てもらうのは申し訳ないから嫌だ」というもので、そういうわけだから葬式には従兄弟たちは呼ばないから、と母と父とで話している場面で私は「それが望みなら私は従うけど前もってお母さんから本人たちには伝えておいてね、じゃないと怒られちゃうから」と伝えていました。

結果、母は誰にも事前に伝えることなく、母の従兄弟たちを結局悲しませる結果になってしまいました。

お葬式自体は本当に父の思う通りに、葬儀屋が「最後に一人ずつマイクを回して奥様へ一言言いませんか?」と提案してくれた事へも「そういうことをすると緊張して心から送ることができなくなるから」ときっぱりことわり、ホッとしたのを思い出します。

葬儀屋さんは間が持たないとの配慮でしたが家族だけでただただ母の側にいられて一人一人が思い思いに声をかけたり触れたりお花を母の周りにたくさん並べてあげたりする愛しい時間を過ごすことが出来ました。

従兄弟たちの悲しみを後に知る訳なのですが、喪主は父ですし、とモヤモヤしてる間に祖母の他界で従兄弟たちと再会が叶う時がきました。

母が決めていたこと、母から希望を伝えるよう話していたけど話せていなかったこと、どうする事も出来なかったことを理解をしてもらう努力は父はスルーして私が行いました。

その後も幾度か私と従兄弟だけで会う機会を持ち、結局は死に顔を見てもらいたくなかったのだろう、と私も含めて母の気持ちにあとから寄り添えることになりました。

それらの経験から葬式は生きている人の為にあるのだ、と深く思い至りました。

誰を呼ぶか呼ばないか、勿論死にゆく人の気持ちも大切だけれど、最後のお別れをしたい人にはさせてあげないと可哀想だった、と思っています。

一方で一番従兄弟たちを避けたかったのは父だったのではないか、本気で母を送る為には気遣いを一切したくないこと父に寄り添ったから母が従兄弟たちを呼ばないと言ったのではないか、と薄々その時から気づいていたけど、気づかないフリをしていたなあ、もしかしたら、と自分の気持ちとも向き合う時、胸がまた痛くなるのでした。

68歳男性 家族葬はしめやかで良いけれど1日葬は少し寂しく感じます

68歳の年金生活者です。

私の両親はすでに他界し、父の葬儀は一般の葬儀で、母の葬儀は家族葬で3年前に送りました。

義父もすでに他界しており、親の中で唯一元気だった義母が昨年急になくなりました。

突然、自宅の庭で倒れているのを近所に人に発見され、救急車で病院に運ばれたものの、助からず他界したのです。

近くに住む妻の弟が会社から戻り、警察の聴取等に対応してくれました。

倒れた日の前に医師に掛かっている事もなく、突然の死であったため、事件性がないか警察の事情聴取が必要なのです。

妻と共に病院に駆けつけた時には、事情聴取も終わり、葬儀社への連絡も終わったところでした。

義弟は近くの家族葬会館に手配したと言う事でした。

長男なので、義弟に任せ、私達はまったく口を挟みませんでした。

母の家族葬もしめやかで、良かったので、それで十分だと言う想いもありました。

病院から葬儀会館の遺体安置場に搬送され、そこで初めて義母の遺体に対面しました。

そこで義弟から葬儀の詳細の説明を受けました。

家族葬ですが、しかも1日葬で営む事に決めていました。

1日葬は通夜を営まない葬儀で、家族葬の場合には、近しい家族がそれで良いと思えば費用も安く済む事から、しばしば行われる葬儀の方法です。

強い拘りもなく、任せた義弟が選択したので、それで良いと私達も了解しました。

通夜と言う儀式がなくても良いと思ったのですが、その夜は義母の遺体を安置場に安置したまま、葬儀会館を去る必要があり、遺体に付き添えない事を夕刻に知りました。

葬儀の前の夜には、僧侶に来てもらい読経を頂くと言う儀式は省略しても、やはり家族が遺体を見守り、想いで話し等で一夜を明かしたいと思うのが人情です。

これが出来ない事には少し寂しさを感じました。

一日葬がすべての葬儀社で同様に遺体と共に夜を過ごす事が出来ないのかは知りませんが、1日葬を営まれる場合には、こうした点に納得して選択されるべきだと感じました。

54歳_男_実母の家族葬はそれほど悪くない

私は、関東圏で生活をしている50歳代男性です。

仕事は中小企業で管理業務を行っております。

現在は子供と妻の三人暮らしです。

家族葬は私の母を送る際に行いました。

私の母は、78歳で他界いたしましたが、晩年は要介護度5で介護施設にて生活を行っている状態でした。

そういう状態もあり交友関係も年を増す毎に少なくなっていった様な
所もみられました。

葬儀は突然起こり費用がかかると言う認識があったため、他界する5年くらい前、介護施設に入所し始めた頃に大手葬祭業者の会員になることを決めて登録月々少額の会費の払い込みを行いました。

当時は、家族葬をと言う認識は全くありませんでしたが、いざその時になると、葬儀費用の他、寺への支払いとして、戒名料とか住職の車料、御前料とか火葬するときの費用などが発生することがわかり、費用的に厳しいところもあり、一般的な葬儀を上げるのが本当に良いのだろうか?と思いました。

いままで、私自身は家族葬の経験はなくごくごく一般的な葬儀に出席したことしか無くそれがあたり前で、みんなそうそする物、それが残された物が行う使命であると思っていましたが、いざその立場になると、これからの自分達の生活も考えるとなかなか難しい問題でした。

その判断を数時間のなかで行わなければならず世間体なども考えてしまいました。

しかし実際に家族葬で執り行ってみると近親者のみでありましたが、知り合いの方も来ていただいたりして、「規模が小さいだけの葬儀」という感じで執り行う事ができました。

葬祭業者の方も良くしていただき家族葬でもよかったと言う感じです。

後悔していることは、特にありませんが私が執り行った時は「家族葬」は私の地域では
あまり人つきあいも無い人、経済的に余裕の無い人が行うようなイメージがありますが、実際葬祭業者様の話を聞くとそうでも無く選択肢の一つのようです。

その人の考え方にもよりますが、葬儀後に初七日や年忌の法要等イベントは続くのでそれなりに発生する費用と、残った家族の今後生活を考えると費用の面では家族葬でよかったと思います。

43歳 女性 形式にこだわらず

43歳主婦 juliaです。

2年前、母を亡くし、母の葬儀を家族葬にてとり行いました。

以前から病気を抱え、入退院は珍しい事ではありませんでしたが、それでもそんなに簡単に人は死んでしまうのかと心を痛めました。

喪主である父もそれなりに取り乱し、憔悴していた為、正常な判断がつかないまま葬儀について話し合わなければならないことがこれほどつらく大変な事なのだと知りました。

病院でなくなった母を、早く出してくれと言わんばかりんに葬儀屋のリストを渡され、右も左もわからないまま葬儀屋選びから始まりました。

涙を流しながら、父は一軒の家族葬をとり行う葬儀屋を思い出し、電話に走ります。

細かい内容や金額もわからないまま、悲しみと不安を抱え葬儀屋を待ち、遺体を自宅に連れて帰ったのです。

突然来た葬儀屋に、私は不信感を抱かずにはいられませんでしたが、丁寧な対応と説明にだんだん心が落ち着いてきました。

それでも、細かいことまでは頭が回らず、言われたことから順序通りに事をすすめてくれました。

もちろん葬儀までは気持ちは落ち着くこともなく、泣きながらの打ち合わせが続きましたが家族葬のスタッフは、そんな気持ちを察してか、できる限りの要求を聞き入れ、そして、提案してくれた印象が残っています。

葬儀は身近な親族と、親しい友人の一部、そして近所の人とのごくごく小さい物でしたが、スタッフの方々も一緒になり、とても温かく見送ることができ、母も喜んでいるという確信すら持てるように感じました。

その場になってみなければ悲しみの大きさも、葬儀までの運び委の大変さも味わうことはできません。

練習をする必要はありませんが、それでも親族や、配偶者、そして本人の希望を笑い話で済むような元気なうちに話、心にとめておくことがいいのかもしれません。

形式にこだわった大きく豪華な葬儀ではありませんでしたが、誰にでも優しい母らしい葬儀ができたことは良かったと思っています。

本当に家族葬にしてよかったです。

34歳 女 祖父が認知症になり、その後の家族葬の話

私は孫という立場で家族葬に出席した経験があります。

母方の祖父の時のことなのですが、祖父は80歳を過ぎた頃から、少しずつ元気がなくなり、何にでも頑張って取り組むような人だったのですが、だんだんやる気がなくなってきました。

思えばその頃から、症状が出てきていたのかもしれませんが、徐々に認知症になっていきました。

祖父は、祖母、叔父と三人で当時暮らしていました。

叔父は昼間仕事がありましたので祖父と祖母が家にいるような日々でした。

初めは怒りっぽくなる程度でしたが、だんだん頻度が多くなり、ついには、祖母に暴力を振るうようになりました。

それではいけないと思ったのは、積極的に祖父母と関わっていた私の母でした。

そこで母は叔父や叔母に相談し、祖父を施設へと入れたいと考えるようになりました。

施設に入るにも現在の状況ではなかなか空きがなく、祖父自身も認知症が進み、施設では対応が難しい様子でした。

そこで母は相談し、精神病院に入院という形で祖父に合う薬を探しつつ、施設の空きを待つ日々が始まりました。

そのうちに家に祖父がいなくなったことで話し相手や世話をする相手をなくした祖母もだんだん認知症を発症し始めたのです。

きっとそれがきっかけで祖父が亡くなったとき、家族葬にしようと思ったのかもしれません。

母が主導で祖父が亡くなったときに葬儀のことを決めました。

その当時、祖父は施設で入退院を繰り返し、だんだんと力がなくなっていくような状態でした。

食べることも少なくなり、眠っている時間も増えました。

話すこともだんだんとできなくなり、もう今か今かという時期まで本当に早かったです。

そうなってきてから、家族葬にしようと思うという話を聞きました。

祖母も施設ですし、祖父も住んでいた町とは違う町で施設で暮らしていましたので、ほとんど周りとの接点がなくなっていました。

そのため、親族のみの家族葬にしようと思ったのだと思います。

結果として家族葬にして本当によかったです。

祖父との記憶が同じ親族で気兼ねなく終わることができました。

それは家族としてではあるのですが、もしかしたら祖父が住んでいた地元の人たちから見たら葬儀に出られなく寂しいとか思う人もいて、少し違ってくるのかもしれません。

ですが、葬儀を取り仕切っていた母を見ると親族で悲しみが共有でき、本当に幸せな家族葬になったと思います。

35歳女性、家族葬で手軽にお葬式を済ませられました

30代主婦、離れて暮らしていた父が亡くなった時に家族葬をしました。

経済的に不安があったのと、突然死だったので大きなところでやるお葬式というイメージがわかなかったのです。

父が心臓発作を起こしたので離れて暮らしている私はすぐに帰宅しました。

それから病院で死亡が確認され、葬儀業者に連絡をすると自宅へ搬送されました。

それから葬儀の日にちを決めることになります。

自宅には布団と簡単な祭壇が作られていました。

たまたま生前父が葬儀会社の友の会に入っていたので、葬儀会社を決める手間がないのは助かりました。

その葬儀会社にも家族葬のプランがあって、大体50万円くらいでした。

最低プランは30万円なのですが、祭壇を少しだけ充実させたり、戒名を決めたり、オプションをつけることで少し値上がりました。

訃報については、親戚や父の友人に電話で知らせたのと、自治体に連絡しただけで特に葬儀がいつかなど連絡はしませんでした。

連絡がきたけれど、家族葬にしたといいました。

それでも参列をしたいというひとだけ参列してもらいました。

葬儀社のスタッフの人は手厚いというわけではなく、最低限のことなので受付などは私達家族でやる必要がありました。

通夜については、会館の一室を借りて通夜ぶるまいと会食を用意しました。

それから、次の日に同じ会館で告別式が行われました。

お坊さんが読経してくれて初七日法要も行われました。

それから、喪主挨拶を行い、会食をしました。

火葬場へはさらに少ない人数で寄りました。

ライトバン1台と自家用車で行ったと思います。

それで葬儀一式は終わりましたが、お香典返しなどを含めて100万円くらいしかかからなかったので、家族葬にしてよかったと思いました。

ですが後悔することとしては、オフィシャルなお葬式がなかったので、亡くなった情報を聞きつけた知人や取引先がお焼香に訪れることであり、しばらくは自宅にいても気の抜けない日々が続きました。

60代女性 家族葬はとても人間味があるものです

我が家ではまだ葬儀を出した事はないが親戚、知り合いなどの葬儀はかなりの回数行っているように思う。

今まで葬儀に参列した中で家族葬で執り行われた所が2件あった。

3年前と1年前だった。

3年前に行ったのは喪主が私の親しい友達でそのお母さま90歳の方だった。

後日喪主の友達と会う機会があった時にお話を聞いてみたらやはりもうお歳だったので故人の知り合いまたは繋がりが少なく参列者が少ないとの事と家族だけでゆっくりと見送ってあげたいとの思いで家族葬にしたとの事でした。

私は初めて家族葬なるものを体験した訳だが感想としては質素で心温まる、また家族の思いがつまった葬儀だった。

それから2年後に親しい親戚の葬儀だった。

喪主の方は60代後半でやはり同年代の奥様とのお別れだった。

喪主の方他の方も突然のお別れにかなり戸惑っておられたが家族葬と言うことでとても段取りよくスムーズに進められて行った。

斎場はもちろんそれぞれ違うのだがこちらもスタッフの対応がよく心地よい葬儀だった。

家族葬とは参列者が身内ばかりなので気を使う事もなく個人とゆっくりお別れが出来たように思う。

我が家は主人が田舎出なので今まで数知れず参列した葬儀は主人の親戚と言う事もあり、私自身が故人をあまり知らず遺影を見ても誰だか分からないというものばかりだった。

故人を偲ぶにも私には思い出がない。

やはり儀礼的に参列するものとほんとに親しい故人だったからこそ少人数で送るものとはかなりの差があるように思う。

心を込めた葬儀でゆっくり故人を偲び思い出を参列者と共に語る事が出来る。

とても有意義であり意に沿った葬儀が家族葬なのだと思った。

いつの日か我が家でも葬儀を出す事が必ずあるだろう。

その時は家族葬で故人(主人)を送りたいと切に思ったものである。

だがその時は主人の親戚がなんと言ってくるかそれが今から心配でもある。

取り敢えずは子供達の了解を得るのに今から話し合っておいてもいいのかもしれない。

つくづく考えさせられた葬儀でもあった。

死は誰でも平等に来るものであるのだから。

31歳、男、落ち着けた

私は30代前半にして、はじめて身内を亡くしました。

亡くなったのは祖母で、糖尿病や脳内のガンで余命宣告を受けていたため、いつ葬儀になってもおかしくはないと思っていました。

しかしそのときは突然訪れたのです。

葬儀を取り仕切ること(喪主)になったのは、母の妹(三女)で、全てあちらで葬儀場とのやり取りや、料理の準備などを進めていました。

私はただ母からの連絡を受け、少し離れたところに住んでいたために1時間半ほど電車を乗り継いで実家に到着しました。

亡くなったと聞かされたときは、意外と落ち着いていました。

ところが、実際に葬儀場に到着し、祖母の顔を覗き込むと、その安らかな顔が逆に本当に死んでしまっているのかと疑いたくなる思いとともに自然と涙を誘発しました。

そしてお通夜は身内だけで行われ、料理も肉や魚、野菜に果物とかなり豪華なものが出てきました。

身内以外の人がいればそんなに料理にがっついていたらみっともないという思いになると思いますが、知っている顔ばかりだったので、遠慮なく美味しい料理を堪能することができました。

その翌日、葬儀となったときにはお坊さんのありがたいお言葉に感銘を受けました。

今日は亡くなった祖母の人生の卒業式だと表現し、その別れを決して悲しむことはないとおっしゃっていました。

また、いずれ私たちも極楽浄土へ向かうのだから、何も気に病むことはなく、これから素敵な未来が待っているのだともおっしゃってくれました。

もっと物悲しいものだと思っていた別れがすっと救われるような感じがしました。

ただし、火葬場で体が焼かれて出てきた骨を拾う場面で、もうみんなわんわんと泣いて、感傷に浸りながらも骨を骨壷に入れていました。

家族葬でなければあれほど濃密な時間が過ごせなかったと思いますし、今も事実を受け入れられずに立ち直れていなかったのではないかと思います。

小さい頃からとても優しく接してくれていた祖母がもういないというのは悲しいことですが、前を向いて生きていきたいと思います。

37歳女 夫の祖母が亡くなって家族葬 手配は大変そうだが良かった

愛知県在住の37歳女 夫と子の3人暮らしです。

4年前に夫の祖母が亡くなりました。

夫の父親が喪主を務めるお葬式が、家族葬でした。

東京に住んでいる義理の両親が選んだ家族葬ですが、身近で経験がなくどういったものか分かりませんでした。

テレビではよく聞いていた家族葬、東京という土地柄では当たり前なのでしょうか。

私の実家は○○宗の檀家でしたので、葬式といえば親族以外にも地域の方々も集まり大々的なものでした。

本当に家族だけでおくりたいという思い、無宗教であったという事もあり、家族葬を選んだそうです。

また、無宗教の為お寺にも縁がないので、お坊さんはインターネットで調べてきて頂きました。

最初はインターネットでお坊さんも呼べる時代なんだと驚きましたし、実際に来てくれるのかな?と不信感はありました。

心配する事なく、お坊さんも来てくださり、お葬式は滞りなく進みました。

義父は私達世代もいづれ経験するだろうから、一度葬式の流れなどを見ておいた方が良いと実際には一番遠い嫁の私にも全て見させてくれました。

体をふいてあげたり、お化粧をしてあげて、あの世へ送りだす支度をする過程は、本当にしめやかに温かみのある時間でした。

家族葬は、小規模であるので温かいお葬式だと思いました。

自分達で色々と手配する事が多いですが、コスト面を考えてもとても良いと実感しました。

無宗教だからお坊さんもインターネットで呼んだり、手配も淡々としていますが、檀家になっている実家の状況と比べると前者の方が良いです。

檀家はお寺に言われたらお金ばかりださなくてはならず、何かにつけてお布施やご協力といったお金を徴収します。

そういうのを間近で見ている私にとっては、変な結びつきがない無宗教でいる方が良いです。

無駄に豪華にして見栄えを気にしたお葬式よりも、亡くなった人を大切に思い送り出すというお葬式の方が私は良いと思いました。

今ではお墓もいらないという時代。

自分達だけでいいと思える形が一番です。

「都会ぐらしで一般的になってきた家族葬」 59歳 男性

私自身は既に50代後半の60歳近い熟年男性ですが、実は89歳近くになった義母(妻の母)を亡くしまして、その結果として自身は喪主ではないが「家族葬」の葬儀を執り行いました。

 亡くなったのは近くの公営の市民総合病院でしたが、其の時に主治医の医師から死亡診断をうけて其の晩に既に遺体を自宅(妻に実家)まで運んで自宅で仮通夜を行ないました。

 

その間に葬儀までの順序としては、先ず葬儀に関して色々なことを取り決めなければならないのですが、其の第一番は身内や身近な人への連絡と同時に、役所へ死亡の通知(死亡届)と火葬場の日にちや時間の確認手配、其れに当然ながら葬儀をとりしきる葬儀社への連絡と葬儀準備の手配、費用などの葬儀場の手配や葬儀の形式(家族葬)、など行いました。

 葬儀社は加入している農協関係のところであり一応は費用も安く抑えられ、葬儀場は葬儀社の提携している所で近所のところに有ったことで幸いしました。

さて、めったに無い葬儀の件ですが、実は葬儀は葬式とも言われ同じ意味合いで呼ばれるのが普通です。

 俗に葬式は一般には葬儀ともいわれる一貫した儀式のことで、通常はお通夜から本葬のお葬式、更には告別式ともいわれ、式が終了次第では御遺体の焼却や埋葬など、一連した流れがあります。

 

此れ等の葬儀一式は、概ねが近所にある専門業者である葬儀社がとり行うことになりますが、祭壇や格式によっては費用は異なるもので、其の中でも特に簡略化されたものが家族葬と言われるものでしょう。

 

特に、近年では特に首都圏や都会では家族葬が多くなってきたという傾向があるそうです。

 親の代から住み慣れた実家や田舎を離れて都会へ移り住み、都会でのサラリーマン生活を長年勤めてきて、その後は定年退職を迎えますが、定住した都会の生活というのは人間関係が一般的には薄いとも云われます。

 

此のような受験の元でお葬式のことを思うと、やはり小規模というか小ぢんまりした家族葬というのがお似合いのようにも思いますし、又、此のように考えるのも案外と多いのではないでしょうか。

中には少しばかり見栄を張って葬式ぐらいはチョットでも盛大にやろうや、と考える人も多いとは思いますし、又、最近では葬儀そのものの考え方も色々あって、面倒くさい市」費用も掛かるし葬式なんか止めて、焼場で遺体を焼いたら即刻、海へ散骨すると言う人もいるようです。

 

此のような極端な例は一先ず置いておいて、少なくとも「家族葬」くらいは普通にだして、故人との最後のお別れくらいは当然で、其の為の親しい近親者と家族のみで行うのも自然のながれかもしれませんね。

家族葬で、家族、親族との絆を感じる

50代の主婦です。

娘が一人います。

一昨年、旦那の義父の葬儀を家族葬で行いました。

以前から葬儀は家族葬にして、最小限の費用で執り行うと旦那は
決めていたようで、色々段取りを話し合って決めていたそうです。

義父は片方しか腎臓が無く、透析をしながら、自営の仕事と一日おきの病院通いを長年続けてきました。

たった一人の私の孫娘をとても可愛がってくれたのですが、
透析があるので家族で遠出の旅行も出来ず、ささやかな思い出作りしか出来なかったと思います。

でも病院に頻繁に通うので、思ったよりは長生きして、安らかに眠りにつきました。

そして葬儀の段取りに入ったのですが、旦那の昔からの友人に神社の神主がいて、葬儀は神式で執り行うと言っていました。

義母が葬儀社の互助会に入っていて積立金があるからと
その葬儀社に決定。

通夜泊まりの本葬で家族葬なので、
親族達がお通夜に集まりました。

意外に親族が多く50人以上は集まったと思います。

一部屋借り切っていたので、その晩はその部屋でお泊まり。

和室で家族と泊まりなんて滅多に無いので、ちょっと旅行に来ているみたいだねと和やかに過ごしました。

葬儀の日は神式なので、礼装をした神主さんの指示の元に神式スタイルの葬儀。

祭壇も違い何もかもが一般の葬儀と異なるのでとても新鮮で厳かな雰囲気で神葬祭が出来ました。

家族葬は、余計な気を遣わなくて家族親族とともに和やかにすごせるので良かったです。

ただ、思ったより、葬儀の費用がかかったらしく、
旦那は本当は神主のお礼代と、神主の知り合いの葬儀屋で場所を借りればのつもりでいたので、互助会の積み立てがもったいないからと、そこでの場所の葬儀はかえって高ついたと少し不満を漏らしていました。

色々なオプションがついて、確かに費用はかかったと思います。

そのあたりは義母とも話し合いが足りなかったなと反省しています。

でも親族と家族だけの葬儀はやはり他人に気を遣わなくていいし、良くも悪くも、家族のあり方を学んでいるような気がします。

改めて家族、親族との絆を感じました。

40代女 祖父の葬式を家族葬で 大変良かった

 現在は40代の主婦です。

もう10年以上も前のことになりますが、祖父の死を家族葬で行い、そこに出席した経験があります。

 祖父は明治生まれで100歳を超えていました。

配偶者を10年以上前に亡くし、しばらくは気丈にも一人暮らしをしていましたが、晩年5,6年の間はずっと施設生活でした。

祖父に所縁のある人たちはほとんどもういらっしゃらず、仮にいらっしゃったとしてもお葬式に来れるような状態ではなかったので、当然のように家族葬という選択になりました。

一人、祖父がお世話になっていた遠縁にあたる方もいらっしゃったのですが、遠方に住んでいるということで、今回は家族葬で行わせていただきます、と連絡するにとどめました。

先方にとってもそれが良かったようです。

 喪主は長男である私の父で、父には兄弟姉妹が4人おり、その一人もすでに亡くなっていました。

残りの3人の兄弟姉妹にも、もちろん父にも配偶者がおり、その子供たちもいましたので、家族葬といっても寂しい印象は一切受けず、むしろ久しぶりにあった家族で話に花がさいていました。

  
 式の後、簡単に皆で食事をしましたが、家族しかいないという解放感からか、祖父の悪口などの発言も聞きました。

でも孫からすれば、それは家族なりの愛情表現かなと思いました。

家族以外の方がいたら、なかなかそういう話はできないだろうと思いました。

また、祖父が100歳以上生きて大往生を遂げた、という意識がみんなにあったからか、寂しいというより、「よくぞここまで生きた。

」という、なんというか祖父をほめたいような空気がその場にはありました。

写真のときに歯を出して笑っている人もいましたが、それを責める雰囲気でもありませんでした。

 お葬式のあと、骨上げのとき、年齢の割にとても立派な祖父の骨を見て、「大往生、さすがおじいちゃん。

」とみんな声に出して言ってしまっていました。

 家族葬は、祖父の場合には、たぶん一番いい送り方でした。

私の記憶の中でも、かなり印象に残っているお葬式の一つとなりました。

52歳女 母が亡くなり家族葬に。

段取りを決めるのが大変だった体験

私は、広島県在住52歳の女性です。

昨年の8月、母が亡くなり、家族葬を経験しました。

母は、病院で亡くなりました。

亡くなったのが、家族が呼ばれてからすぐの出来事だったので、誰も母の最期を看取ることができなかったことがとても悔やまれます。

亡くなるとすぐに、医師の説明がありました。

 
家族は、みんな医師のいる部屋に呼ばれて、家族全員で、医師の説明を聞きました。

病院を出ると、遺体はすぐに、葬儀場へ 運ばれました。

私達家族も、タクシーで、葬儀場へ向かいました。

葬儀場へ着くと、すぐに、葬儀屋さんが来られました。

葬儀をどのような形で行うか、話し合いました。

残された家族は、父と妹と私の3人でした。

大勢の人が集まるお葬式は、香典を返すなどの対応がとても大変なので、家族葬にしようと、父と妹と話し合い、決めました。

すると、葬儀屋さんは、祭壇に花を飾るか、 棺はどうするか、お葬式の段取りはどうするのかなど、細かく家族の意向を尋ねてこられました。

それだけではなく、母の戒名はどうするのか、お墓はどうするのか、納骨はなど、葬儀の後のことまで、細かく 聞かれ、私たち家族は、とても戸惑いました。

母が亡くなったばかりで、 気も動転しており、平常心ではなかったのですが、 決めなければならないことが山のようにあり、 ゆっくりしている時間はありませんでした。

いろんな事を決めるのに、1時間以上葬儀屋さんと話をしました。

そして、ようやく、通夜と葬儀の時間と段取りが決まりました。

そうこうしていると、親戚たちが子供や夫婦連れで、続々とやってきました。

その人と話をしたり、挨拶を交わしたり、お茶を出したりするのが忙しく、 落ち着いて座っている暇がなかったです。

親戚が帰ったのが夜の11時頃、私は、自分の家庭があるので、11時頃、家に帰りましたが、父は、 一晩中、ロウソクの火を絶やしてはいけないとのことで、母 と一緒に、葬儀場で過ごしたそうです。

翌日、夕方6時から通夜 、翌々日の午前11時から、お葬式でした。

家族葬なので、訪れるのは家族だけでしたが、ご近所に住まわれている自治会の会長さんだけは、 通夜に参列して下さいました。

葬儀が終わると、すぐに火葬場へ、バスで移動しました。

お骨を拾って、骨箱に入れると、本当に小さくて、私は、唖然としてしまいました。

火葬が終わると、またバスで移動。

葬儀の会場で、親戚だけで会食をしました。

それで、通夜、葬儀一連の儀式を終えました。
家族葬をした私の感想は、友人や知人を呼んでいないので、家族葬は気を遣わず、いいと思いました。
ですが、家族が亡くなったばかりで、気が動転しているのに、葬儀屋さんが色々質問してこられるので、決めなければならないことがたくさんあり、それがすごく大変でした。

ゆっくり、母の死を悲しむ時間はありませんでした。

39歳女 祖母の家族葬

大阪に住む39歳、2人の子どもを育てている主婦です。

今年の5月に、祖母が94歳で他界しました。

大好きだったおばあちゃんなので、去年末から何度か危ない状況になったり入退院を繰り返していたので、覚悟はしていましたが訃報を聞いた時は涙が出ました。

特に、その日は子どもたちを連れて入院中の祖母にお昼頃会いに行こうとしていた日だったので、お昼前に病院から連絡があり両親が急いで向かう途中で息を引き取ったと聞いた時は、何故もう少し早い時間に行かなかったんだろう…と後悔の念にかられました。

訃報を聞いて、妹たちと子どもたちを連れて病院に向かいました。

ちょうど、自営をしている両親のお店が定休日だった事もあり、家族のほとんどがすぐに集まる事が出来たのですが、やはりもう少し早く集まっていればみんなでおばあちゃんのことを看取れたんじゃ無いか…と思う気持ちはぬぐえませんでした。

祖母の処置も終わり、遺体を式場まで運んだ後も、誰かが必ず祖母に付き添っていました。

亡くなった翌日にお通夜があり、従兄弟たちも集まっておばあちゃんの思い出話をしました。

不思議とお通夜の時は、あまり涙も出ず昔話をずっと久々に会う従兄弟たちとしていました。

翌日のお葬式の日、みんなで棺に入ったおばあちゃんを送り出す時、沢山の思い出が溢れるように思い出されて、涙が止まりませんでした。

棺に入った綺麗な顔をしているおばあちゃん。

ありがとう。

大好き。

この言葉しか出なくて、ただ泣けました。

大好きなおばあちゃん。

亡くなる10年ほど前から施設に入っていて、ここ数年は痴呆もあって普通の会話は出来ない状態でしたが、それでも私の子どもたちを見て笑顔になっていたのは忘れません。

人は、生まれて来た時にはもう、死ぬ事が決まっています。

おばあちゃんのお葬式を通して、私が知る限りのですが、人の一生を見ました。

沢山の孫たち、ひ孫たちに囲まれて送られるおばあちゃんは、何も特別な事はしなかったけれど、とても素晴らしい人生だったんじゃ無いかと感じました。

今、元気でも生きていても、いつ居なくなるかは誰にも分かりません。

なので、今生きている人は、伝えられるうちに伝えたいこと、伝えないといけない事はちゃんと伝えておくべきです。

居なくなってからだと、後悔だけがずっと残り続けちゃうので。

29歳男 祖母の葬儀を家族葬で行なって良かった

僕達家族は、2年前に祖母を亡くして、祖母の葬儀を家族葬で行いました。

ある日、祖母は昨日まで元気だったのに心筋梗塞で亡くなってしまいました。

同じ屋根の下で共に生活していた祖母が亡くなり、驚いたのと同時に、初めて身近な人間の死を経験して、冷たくなった祖母の遺体が自宅の祖母の部屋に横たわっている間、僕はどうにも落ち着かずに気持ちの整理ができませんでした。

そんななかで葬儀だけはしっかりとしたものをやろうと父が言い出した時、僕は生前、祖母が自分の葬儀は身内だけの小さなものがいいと、言っていたのを思い出して、それを父に言うと、自分にはそんな事は言っていなかったと、不満そうにしていましたが、祖母は母にもそういう話しをしていたみたいで、母の後押しもあり、最終的には家族葬を行うことになりました。

父は渋々と家族葬を容認したのですが、自分の母親の最期をお金をかけたしっかりとしたもので送り届けてあげたいと考えていたみたいです。

それと祖母が家族葬について、自分にだけ話していなかった事も不満だったようで、しばらくふてくされていました。

それでも父は家族葬の段取りをしっかりと立ててくれました。

僕と母も祖母の慰霊写真を選んだり、飾る花などを相談して決めました。

写真はみんなで伊豆に旅行にいった時の優しく微笑んでいる祖母の写真にして、それとは別に、祖母の写っている写真を集めてミニアルバムのようなものを作りました。

その写真を選んでいる間、自分が祖母との思い出の中に入り込んでいるような気分になり、僕の小学校の入学式で校門の前で僕の手を繋いで優しく微笑んでいる祖母の写真を眺めていると、懐かしい温かい気持ちになりましたが、同時に、ちゃんとお礼を言えなかった事が悔やまれて涙がでてきました。

葬儀はこぢんまりとした近親者だけのもので執り行い無事に終了しました。

終わってみて思ったのは、葬儀を行うという事は亡くなった人のためにするという事と、残された人達が自分達の気持ちの整理にもなるという事です。

家族葬は一般的な葬儀に比べて自由なので、そのぶん遺族が自分達で考えて執り行わねばなりませんが、僕達の場合は祖母の葬儀をどのようにするか企画する事で、気持ちを整理する事ができて、祖母の死を受け止める事ができました。

40歳女 現代に合った葬儀の形と感じました

今年春、地方の葬儀会館の小さな部屋で参加者合計14名の家族葬が執り行われました。

享年100歳の私の祖母の家族葬です。

家族葬に参列したのは初めてでした。

葬儀会場に到着して初めに思ったのは意外と大きい部屋だな、という事でした。

家族葬と聞いた時、8畳くらいの小さな部屋に皆で肩寄せ合って故人を囲むのかな?と思っていましたが20~30人位入りそうな空間で驚きました。

お通夜は無しでお葬式だけでした。

白い布張りの棺の中で祖母は薄紫の着物で死化粧も施され穏やかに眠っていました。

親族同士挨拶をして葬儀は始まりました。

僧侶は1人お願いしてました。

読経してもらい・ご焼香・その後、親族代表が挨拶そして全員で棺を囲いお花をたくさん入れてあげて葬儀は終了しました。

その後火葬場へ行き、火葬中に昼食をして最後お骨を拾いに行き解散しました。

時間にすれば朝10時から午後14時位まででした。

お葬式の内容によるとは思いますが、私は今まで参列したものより短く感じました。

料金面は母に聞いたのですが、基本料金は50万位でそこからオプションを付けた分だけ増えていくそうです。

例えば棺を布張りに変えて4万円、納棺師を付けて5万円、故人の着物変更で3万円、というように変えたいものに応じてプラスになります。

結局総額70万円ほどだと聞きました。

母は祖母が凄く苦労して家族を養ってきたので最後は綺麗にして送り出してあげたい、と色々つけたそうです。

しかし他の兄弟の中にはそんなに出費増やすなと言う人もいたそうです。

家族といえど故人への思いはさまざまなのでそんな意見もあるでしょうが、私はぶつくさ言わず払えよ!と心の中で思ってしまいました。

皆それぞれ色々な形で生活をしています。

葬儀にかかるお金を少しでも軽くするために、家族葬を選択する人も少なくないと思います。

むしろその為に選択するのではないでしょうか。

私自身、家族葬とはお金をかけないお葬式のイメージでした。

実際今までに比べれば今回かかったお金は少なくなったと思います。

(祖父の時はよくあるお通夜・告別式で僧侶も3人きてました。

私の家族・親族も高齢になってきていますし、子供1人の家族ばかりです。

葬儀にかかる時間とお金は少ない方が良いと思う人は増えていくのではないでしょうか。

そして家族、親族だけであれば故人との別れに使える時間が増えるので、この葬儀の形式はとても合理的であると私は思います。

この祖母の家族葬の後、私は姉に「私の葬式は家族葬でいいから」と伝えました。

69歳 男性 家族葬に対する印象

70歳を前にした年金生活者です。

私が家族葬と言うのを知ったのは、かなり昔でまだ家族葬会館が現在ほど沢山ない時代でした。

当時近所に住んでいて懇意にしていた方のお母さんが亡くなられた時、家族葬への参列を初めて経験しました。

家族葬と言う名前が付いているので、親しいとはいえ家族ではない私が参列して良いものかと思いましたが、その時に家族葬は規模の小さな葬儀で、親しい友人が参列しても何の問題もない事を知りました。

この体験の後に、喪主として10数年前に父を送りました。

この当時は兄弟がまだ現役で、それぞれの会社の方の参列も多数見込まれるため、一般の葬儀会館で葬儀を営みました。

それから10年以上経て、2年前に今度は母を送る事になりました。

母はすでに90歳を過ぎており、私達も現役を退いており、ゆっくりと母を偲ぶ葬儀にしたいと家族葬で送りました。

かつて参列した家族葬がしめやかで、家族葬も良いものだと感じていたので、参列者人数も勘案して家族葬にしたのです。

母の通夜・葬儀を家族葬で営むと決め、実家に必要なものを取りに帰った時に、近所の人から、どこでいつ葬儀を営むのかを質問されました。

昔から付き合いがある方々で、参列したいと考えられている人が10名程度居られると、その方からお聞きしました。

10名の方に参列して頂く事は困難なので、葬儀社の方と相談し、通夜式を終えた後に、お別れ会と言うスタイルで、近所の方に棺の前で焼香して頂き、棺に小さな花束を供えて頂く段取りを急遽して頂きました。

ご近所の方々には、母との最後の別れの時を得る事が出来たと喜んでいただきました。

葬儀社にお聞きすると、こうしたセレモニーを希望される方も少なくなく、パンフレット等には積極的に記載していないものの、対応させてもらっているとの事でした。

内々でしめやかな通夜葬儀を営めるのが家族葬のメリットですが、その反面、式場が狭いので、もう少し入れればと言うケースも少なくありません。

そんな時に、こんなセレモニーを別途行えるなら、別費用はもちろん必要ですが、非常に助かると強く感じました。

家族葬を営まれる場合、こうした対応の有無を確認し、上手に活用されると良いと思います。

50代女性、家族葬は名分不一致な言葉かも

 私の経験や仕事を通じて「家族葬」について思っていることです。

 退官をした叔父が急死をし、残されたのは叔母と姪だけだったため、こじんまりと家族葬でお別れをすることになりました。

お通夜から参列したのですが、そのときは絶え間なく弔問に来てもらえて慕われていたんだなぁと思うくらいでした。

 翌日に告別式を執り行われる葬儀は、家族葬なのでひっそりとのつもりでいました。

いざ受付に立ってみると、人伝いに訃報を聞いた方々がたくさんで、瞬く間に用意した会葬御礼はもちろんですが、参列者席が埋まり椅子も足りなくなり、会場に入れない方もおられる状態になりました。

叔父は転勤で全国ほぼ各地に赴任して関わった方が多く、遠方からでも駆けつけてくださった方がたくさんおられたのです。

会葬御礼の品は葬儀社の配慮でどうにかなりましたが、会場はいっぱいになり家族葬でこじんまりと…のギャップに驚きました。

 私は介護施設で働いており弔問をする機会がありますが、まだ当時は家族葬という言葉をあまり聞くことがありませんでした。

会社で弔電や生花を手配するときにお付き合いのある方ご本人でだけではなく、親御様などの訃報に対してということが割とありました。

そして、参列すると確かにたくさんの方が弔問に来られていました。

 また、入所されている方の葬儀でも本当に身内だけで見送りたいので、気持ちだけと弔問をはっきりとお断りする家族の方もおられます。

そして、参列して後から家族葬ということを知り、普通にたくさんの弔問の方来られてたけど…ということもありました。

そこで思ったことは家族の都合だけではなく、故人の方の背景や地位なども考慮した会場や葬儀の執り行い方を決めないといけないということでした。

そして、建前で家族葬ということもあるかもしれませんが、ひっそりと見送りたいという考えも余程に徹底する覚悟が必要かもと思いました。

そして、ご家族の負担の計り知れなさを考えると、たくさんの弔問客は故人の方の人徳の賜物という考え方や言葉を口にすることはやめようと思うようになりました。

50代女性 父親を家族葬でおくり気持ちを整理できた

私は50代で結婚をしていて主人と二人で暮らしています。

子供は二人いますが、それぞれ独立をしています。

私が家族葬を行ったのは、私の父親についてです。

父親は、企業で働いていましたが退職をしてからは地味な生活をしていました。

本来の父親が望んでいた暮らしだと思います。

仕事では、いつも忙しくしていたので静かに暮らしたかったのです。

退職をしてからは、とても楽しそうだったので、それは良かったと今から思っても満足しています。

そして家族葬にしたのは、なんといっても父親の生前からの希望があったからです。

それまでは、葬儀について話すことがなかったのですが、80歳を超えるとやっぱり考えるようになったらしく家族葬を希望するようになりました。

家族だけで見送って欲しいというのです。

その時は、付き合いもあまりなく近所の人とちょっと付き合うぐらいでした。

そのようになったら、家族葬を希望することもよくわかります。

葬儀というのは、なんとなく慌ただしい感じがします。

そのため、私の葬儀としても家族葬を希望しているのです。

慌ただしく葬儀をして、家族を大変な思いをさせたくないと思ってしまうのです。

そのこともあり、シンプルで簡単に済ますことができる家族葬をしたいと思うようになりました。

父親には、理由は聞いていないのですが多分私と同じ理由であると思うのです。

シンプルで、あまり知られることなくひっそりいきたいと思うんですね。

そのような気持ちだったと感じます。

そこで父親の気持ち通り、家族葬を行いました。

シンプルに親族が少し集まるだけです。

それは家族だけで見送ることができて、特にバタバタしないで静かに送ることができたのでとてもよかったです。

葬儀というのは、気持ちで送るものだと思っています。

残されたものが、その亡くなった人をしっかり受け止めて送ることができるような葬儀がいいですね。

そのことを思うと、忙しくない家族葬が一番いいと思うようになっています。

30代女性、初めての家族葬はアットホームで良かった

つい先日、夫の母方の祖父を亡くし、葬儀に参加しました。

私は近しい身内に不幸があった事が少なくて、葬儀に参加した事がほとんどなく、今回が2度目でした。

夫の実家から現在の住まいは飛行機の距離で、移動だけで大変でした。

いつも乗っている飛行機は1日に1便しかなく、生憎お葬儀の日は座席数が足りず、特急と新幹線を乗り継いで半日以上かけて移動をしました。

子どもがまだ4歳なので本当に大変でした。

家族葬に参加したのは今回が初めてです。

前回は親戚や友人も参加していたお葬儀だったので、家族葬は本当にこじんまりと小さな規模で行うんだな~と感じました。

お葬式の時ってしんみりとして笑ってはいけない!みたいな印象があったのですが、今回は祖父が享年97歳の大往生で、最期も苦しむ事なく穏やかに他界されたということで、家族や親戚もわりと明るい雰囲気で集まっていました。

ほとんど普段と変わらずに過ごしていました。

納棺から参加するのも初めてで、前の方に座ってじーっと見ていました。

納棺とお通夜は、葬儀場の方が司会も務めてくださっていて、色々と説明をしながら進んでいきました。

お焼香も家の宗派に合わせたやり方を教えてくださってからのお焼香だったので、迷ったりもする事なく出来て良かったです。

お坊さんもよくしてくださったと思います。

お葬式の日は、司会の方が来てくださって、朝からスムーズにその日は進んで行きました。

お花を棺に入れて、お別れする際は、家族だけなので何度も何度もお花を入れに行って、祖父の顔を何度も見れるのも良かったのではないかなと思います。

やはり最期の最期はしんみりした雰囲気になっていました。

でも近くでお別れを言えるのは家族葬の良さなのではないかなと思います。

その後は焼き場へ移動して、お坊さんがもう一度お経をあげてくださって、お食事へとなりました。

私は、司会の方の隣に座って移動していたので、現在のお葬式事情を色々と伺えてとても参考になりました。

お食事中は、みんな和気あいあいと楽しい食事会でした。

子どもが4人もいたので必然的に笑ったり楽しい雰囲気になって、祖父もそんな様子を穏やかに見守ってくれてたら良いなぁと思いました。

お骨拾いも子ども達もみんな参加して無事に終える事が出来ました。

とても段取りよくスムーズに気持ちよく終える事が出来て良かったなと思いました。

今回、子どもを連れて行って、一連の流れを経験して、人が亡くなるとはどういう事なのかを体験を持って知る事が出来た事はよかったなと思いました。

色々な事を伝える良い機会にもなったと思います。

家族葬のあとの体調不良

家族葬のあとに体調不良になるかたは多いです。

たとえ以前からわかっていたとしても、たとえ嫌っていたとしても、家族が亡くなるというのは、ストレスがかかるものです。

体調不良の多くはそのストレスによるものです。

葬式はそういったストレスを断ち切るための手段でもあり、ひとつの区切りでもあるのですが、葬式をしてもスッキリせず、どうしてもしんどくなるかたが多いです。

そして葬式が終わり一定期間をすぎても体調不良が戻らないとなると、故人の霊がとりついているんじゃないかという不安をお持ちになるかたが多くなります。

いろいろな体験談を読んでいると、「故人が寂しがって連れて行こうとしている」というような体験談もあるのですが、安易に霊のしわざと判断しては危険です。

たとえば葬式を行われている家をチェックし除霊が必要などと称して数十万数百万するような高額なつぼやパワーストーンを売りつけるような悪徳商法もあるので、気をつけてください。

葬式で弱っている人の心に付け込むのです。

信頼できる霊能者の話を聞いていても本当に除霊が必要なケースはとても少ないそうです。そして除霊といっても何十万も必要なことはなく、高くても2万円までくらいだそうです。

ほとんどの場合心を落ち着かせ3ケ月もすれば多少元気になってきます。遺品整理を行うことで元気になる人も多いです。

ただもしそれが長期間続くようでしたら心配ですよね。

もし気になるようでしたら、霊能者のニャンドロメダさんが低レベルな霊能者を駆逐するために作られた記事『除霊・浄霊 霊のおはらい方法。どうする?どこでできる?いくらかかる?』などを参考にするといいです。

いろいろなサイトで紹介された人気記事で、簡易的にできる方法から本格的に依頼する方法まで書かれてありますので役に立つと思います。