43歳 女性 形式にこだわらず

43歳主婦 juliaです。
2年前、母を亡くし、母の葬儀を家族葬にてとり行いました。
以前から病気を抱え、入退院は珍しい事ではありませんでしたが、それでもそんなに簡単に人は死んでしまうのかと心を痛めました。
喪主である父もそれなりに取り乱し、憔悴していた為、正常な判断がつかないまま葬儀について話し合わなければならないことがこれほどつらく大変な事なのだと知りました。
病院でなくなった母を、早く出してくれと言わんばかりんに葬儀屋のリストを渡され、右も左もわからないまま葬儀屋選びから始まりました。涙を流しながら、父は一軒の家族葬をとり行う葬儀屋を思い出し、電話に走ります。細かい内容や金額もわからないまま、悲しみと不安を抱え葬儀屋を待ち、遺体を自宅に連れて帰ったのです。
突然来た葬儀屋に、私は不信感を抱かずにはいられませんでしたが、丁寧な対応と説明にだんだん心が落ち着いてきました。それでも、細かいことまでは頭が回らず、言われたことから順序通りに事をすすめてくれました。
もちろん葬儀までは気持ちは落ち着くこともなく、泣きながらの打ち合わせが続きましたが家族葬のスタッフは、そんな気持ちを察してか、できる限りの要求を聞き入れ、そして、提案してくれた印象が残っています。
葬儀は身近な親族と、親しい友人の一部、そして近所の人とのごくごく小さい物でしたが、スタッフの方々も一緒になり、とても温かく見送ることができ、母も喜んでいるという確信すら持てるように感じました。

その場になってみなければ悲しみの大きさも、葬儀までの運び委の大変さも味わうことはできません。練習をする必要はありませんが、それでも親族や、配偶者、そして本人の希望を笑い話で済むような元気なうちに話、心にとめておくことがいいのかもしれません。

形式にこだわった大きく豪華な葬儀ではありませんでしたが、誰にでも優しい母らしい葬儀ができたことは良かったと思っています。本当に家族葬にしてよかったです。